DOLCE VITA  ~ コワモテな彼との甘い日々


「そうですね。飲んでいるのはオジサンとかオバサンばかりだった気がします」


早くに父と母を病気で亡くし、祖母に育てられた。
両親がいない寂しさを一度も感じたことがないと言えば嘘になる。

けれど、祖母や近所の人たちの愛情に包まれて、のんびり過ごしていたあの頃を思い出すと、いまでも胸がふわりと温かくなる。


「時々帰るのか?」

「いいえ。もう何年も帰ってません。わたしが大学を卒業する直前に、祖母が亡くなったので。住んでいた家は、古民家を売りにした移住政策に使わせてほしいと言うので、村に寄附しました」

「そうか。いつか行ってみたいな」

「温泉以外、何にもないところですよ?」

「何でもあるより、何もないほうが、豊かな暮らしができる」


辛島さんの言いたいことは、何となくわかる。

多くを持っていると、すべてに目が行き届かなくなり、本当に必要かどうかもわからなくなる。
でも、持っているものが少なければ、きっと大切にできる。

祖母と過ごした懐かしい日々に浸りたくなったが、これ以上思い出せばうっかり泣いてしまいそうだ。


「美味しいケーキがなくても、ですか?」

「それは別問題だ。まあ、どうしても手に入らないとなれば……作るしかないが」


苦い表情をする辛島さんに、ずっと気になっていたことを訊いてみた。


「そんなに甘いものが好きなのに、自分で作ろうとは思わないんですか? 自分で作れたら、好きな時に、好きなだけ食べられるじゃないですか」

「思ったし、挑戦したこともある。だが……短気な俺にはむかないという結論に至った」

「短気?」

「ああ。菓子づくりは、けっこう待たなきゃならないだろう? デコレーションするには、焼いたスポンジが冷めるまで待たなきゃならん。シュークリームも皮が冷めるのを待たなくちゃあならない。シフォンケーキだって、あのふわふわ感を維持するためには、待たなきゃならない。クッキーも、ゼリーも、アイスクリームも、パイだって、生地のしっとり感を楽しむためには焼き立てじゃあ、ダメだ」

「確かに」

「俺は、手を伸ばせば届くところに好きなものがあったら、食べずにはいられねぇんだよ」


わたしを見るまなざしに込められた「熱」に反応して、頬が熱くなる。
心臓が鼓動を速め、喉が渇く。

怖い、と思う気持ちが、何も言えない唇を震わせる。

でもそれは、初めて彼と対面した時のような「怖さ」ではない。


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