料理男子、恋をする



部屋に戻るとジャケットを脱いだ。何気なくそのまま部屋のカーテンを少し開けると、狭い道路の向かいに建っているマンションの一室が、今まさに電気が点いたところだった。

(あ。葉っぱの部屋や)

佳亮が気づいた部屋のベランダには、大きな観葉植物の葉がある。沢山というわけではなく、それ一本だけがにょきっとベランダから生えて見えるのだ。都会の単身用のマンションが多いこの地域ではベランダに植物が置かれているのは稀だ。それで佳亮の覚えも良いというわけなのだ。

(へえ。一緒くらいの帰りやったんや。お疲れさん)

帰宅時間が一緒だったことでなんとなく親近感を持ってしまい、そんな風にその窓を眺めていたら、不意にカーテンが開かれて窓が開いた。暗い夜の視界、部屋の逆光の中、ベランダに出てきた人を、佳亮は目を見張ってまじまじと観察してしまった。

多分、あそこで今、煙草に火をつけた人は、先刻コンビニで佳亮の前に並んだ、あの黒いコートの人だった。

ニット帽から覗いていた明るい茶色の髪の毛が、部屋のライトに当たって、その輪郭を分かりやすくしている。なにより、あのニット帽、あの真っ黒なハイネックは、間違いなく先刻の人だ。

(うわあ、…へえ…)

単身用のマンションが多いので、建物が別になると、途端に近所の人のことが分からなくなる。何故か都会の真ん中で知人に会ったような気分になって、少し心が浮かれてしまった。

(…ふぅん…)

そうか。あのきれいな顔の人が、こんな近くに住んでいたのか。

それは、洞窟で宝物を発見したときのような気持ちだった。やがてその人が煙草を吸い終わって部屋に戻ってしまっても、佳亮は窓辺から離れることが出来なかった。



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