料理男子、恋をする

取り敢えず佳亮は薫子の為にカレーを作ることにした。あわよくば一緒に料理をして、薫子が料理をするようになったら良いと思ったのだ。しかし、薫子は頑として部屋に座ったまま動かない。こういう図、故郷(ふるさと)の友達の家でも見たことあったけど、男女逆だったなあ、なんて思う。

「大瀧さん」

台所を見せようと佳亮が言うと、それ、いやだわ、と薫子が苦々しく言う。

「私、名前で呼ばれるのが好きなの。薫子って呼んで」

はいはい、そうですか。ではそのようにします。

「で、薫子さん、ちょっと見てみませんか、料理の仕方。少しでも知っておくと役に立ちますよ」

佳亮の呼びかけにも薫子は応じない。ラグに座ったまま、台所を見ている。

「良いのよ、日々の食事なんてお金を払えば食べられるんだもの。私は佳亮くんと違って食事にお金払えるだけの給料はもらってるから、そこには惜しまないわ」

他に趣味もないし。そう言って座ったままだ。佳亮が薫子に料理を体験させることを諦めて手早く準備を始めると、部屋から拍手が送られてくる。

「すごいすごい! そんなに早くみじん切りが出来るのね。私だったら指切るわ~」

何を自慢げに言っているんだろう。そう思いつつも手は勝手に動く。玉ねぎをみじん切りにし、ジャガイモ、ニンジンは乱切り。肉は角切りにして鍋に油を引く。先に肉に焼き目をつけると同時に旨味を閉じ込め、一旦出す。次に野菜を炒めて火が通ったら肉を戻す。水を分量通り入れてカレールウを投入。ルウは薫子が辛めがいいというので辛口のルウだ。くるくると割り箸で鍋をかき混ぜていると、テレビにゲームをつなげたらしい薫子が一緒にやらないかと声をかけてきた。

「煮込んでるので、そんなこと出来ません」

「なあんだ、つまんない。対戦するのが面白いのに…」

そう言いつつ一人でテレビ画面に向かっている。これでは女性宅というより子供の家だ。

ことことと鍋を煮込んで、漸くカレーが出来上がる。ご飯は薫子が緊急用に買ってあったパックのご飯をレンジで温めた。

器にご飯とカレーをよそって出来上がりだ。添えるのは薫子のリクエストで、スーパーで買った福神漬け。

「出来ましたよ」

そう言ってテーブルに器を出してあげると、薫子は目を輝かせてカレーを見つめた。

「うわあ、すっごく美味しそう! 匂いもたまらない~~!」

「おだてても、それ以上のものは出てきませんよ」

「おだててなんかいないよ! 頂くね」

どうぞ、と勧めると、薫子がひと口カレーを口に含んだ。…実はちょっとだけ緊張しながらその様子を見守ってしまう。いつもだったら料理が出てきたところで、こんなことまで出来るの? と唖然とされたっけ。今日は単純なカレーだから「こんなことまで」とはならないが、それでも作ったものを食べてもらうのは緊張の一瞬だ。
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