契約夫婦のはずが、極上の新婚初夜を教えられました
「……いいの?」

 耳元で囁く、さっきまでは饒舌だった彼の声が揺れている。なんで今更と、少し可笑しくなってふふっと笑いが漏れた。

「ごめんなさい。キスしたくせに、いいのなんて聞くから可笑しくて」
「やっと笑った。君は笑っているほうがいい。君の笑顔には、人を幸せにする魅力がある」
 
 彼は私の前髪をかき分け、額にキスを落とす。髪を梳いていた手は首筋を伝い、頬を優しく包み込んだ。

「口がうまいんですね」
「心外だな。本当のことを言ったまでだ。現に僕は今、幸せだよ」
 
 彼はそう言って穏やかな笑みを見せると、さっと私の横に立ち背に腕を回す。エスコートするような彼の紳士的な振る舞いに、触れられているところから徐々に全身が熱くなる。

「ホテルに部屋を取ってある。女性なら誰もが見惚れる、夜景がとても綺麗に見える部屋だ」
「そこで、全部忘れさせてくれるんですよね?」
「ああ、全部だ。そして、新しい思い出を作ろう」

 思い出……。
 
 そう、一夜だけの思い出。私の寂しさを紛らわせてくれるのなら、たった一夜だけの関係で構わない。
 
 私を真っ白な世界へと、いざなってほしい──。
 
 それからホテルの部屋に着くまで言葉を交わさず、ただ彼の腕のぬくもりだけを感じていた。





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