君のブレスが切れるまで
 次の朝、私が眠気に目を擦りながら自室から出てくると、白いソファに腰をかけていた雨がニュースを見ていたようだった。


「おはよう。奏、朝食はもうできてるわ」
「ふわぅ……ありがとー。顔洗ってくるねー」


 私はあくびをしながら洗面所の方まで行き、バシャバシャと音を立てながら冷たい水を顔に浴びせていく。
 冷たい水は意識を覚醒に導いてくれる代わりに、冬の寒さを思い知らせてくる。寒い冬は大嫌いだ。だからといって、夏も嫌なのだけど。
 フェイスタオルで顔を拭きながら、リビングの方へと戻ってくると雨が既に朝食を運んできてくれていた。
 テレビはさっきのチャンネルのままニュースを流している。


『今日、ハワイ行きの便がエンジントラブルを起こし――』
「ふぅん……飛行機って怖いねー」
「この世に絶対安全なものはないから。でも、飛び立つ前に発見できたのはとても優秀なことよ」
「そっか……じゃあ絶対安全って謳ってるものは危険ってこと?」
「普通の企業はそういう謳い文句を使わないものよ。でも、そんな言葉があるということは、どこかで使われている証拠なのでしょうね」
「んんー……」


 悩んだように首をひねる。


「やっぱり人は絶対安全という言葉にすがりたくなるんじゃないかな。日常の中にあるものは誰もが安全なものだと信じているだろうし。使い方を誤らなければ安全は絶対安全に近づく……のかも?」
「奏はとても柔軟な考え方をしているのね。とても興味深いわ」
「思ったことを言ってみただけだよ……答えは出てないし、ほら、食べよ?」
「ええ、冷えてしまってはもったいないわ」


 今日は目玉焼きとウィンナー、そしてサラダ。
 こうやって毎日、雨が作ってくれた朝食を食べられるのは幸せ。
 こんな毎日がとても幸せだと噛みしめられるのは、叔父と一緒に暮らしていた時に朝ごはんなんて食べたことがなかったからかもしれない。
 それからお昼前になり雨は床に新聞紙を引いて、私はその上に椅子を置いた。
 私は椅子に座るとニコニコしながら目の前の全身鏡に映る、鋏を持った雨の顔を見つめた。


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