君のブレスが切れるまで

第32話 いざ遊園地へ

 2018年 5月 上旬


 世間ではゴールデンウィークと言われ、どこもかしこも人が多くなる三日間。だけど、その連休は土日にくっついたりしていて三日と言わず、もっと長くなる場合もある。週の真ん中、火、水、木とあれば月、金も休みになって七日間という大型連休となったりする場合もあるらしいのだけど、残念ながら学生である私たちにはそんな特権はない。
 そもそも、今年のゴールデンウィークは土曜日が被っていて計四日間の連休となっている。振替休日くらいくれてもいいのにとは思うけど、日曜日ならともかく土曜日では残念ながら振替休日とならないようだ。
 それはこの国が『日曜日が休日であって他の曜日は休日ではない』と見なされているからであって、週休二日が多くなってきている今、私は古い考えだと思う。


「ふぅ……」


 自室でレポートを書いていた私は、自由課題で決めた休日のあり方を書き終えるとシャープペンシルを置き、その場に寝転がる。
 すると、ちょうどいいタイミングでコンコン、とドアをノックする音が聞こえてきた。


「雨ー? 開いてるよー」


 ガチャリと扉の開ける音の後、赤い眼の女の子が私の部屋へと入ってくる。


「失礼するわね。奏、課題は終わった?」
「うん! ゴールデンウィークが少なくなるのが納得いかないからこんなの書いたよ」


 私は座り直すと、私の元まで来てくれた雨にさっき書き終えたレポートを見せる。それを流れるように読んでいく雨。


「よく出来てると思うわ。ほとんどの国民がそう思っているかもしれないわね」
「でしょー? 休みはいくらあってもいいもんねー! 雨はどんなの書いたの?」


 そういうと雨は私のレポートを返してくれて、その無表情な真顔でこういってくれる。


「冗談の言い方と笑わせ方」
「ぷっ……な、なにそれ!」


 まさかの課題内容に私は思わず吹き出してしまった。
 すっごく真面目な雨からは考えられないテーマだけど、今の私には雨がどうしてこんなシュールなのを選んだのかがわかる。


「冗談だったのだけど、奏が笑ってくれてるから本当にこれでいこうかしら」
「えっ! 冗談だったの⁉」
「ええ。本当はカジノでコイン一枚から万枚のコインを集める技、その二」
「あれぇ……どうしてか私はそっちの方が知りたい気がする……っていうか、その二って何⁉ 一は⁉」
「倫理的にダメだと思ったから廃棄処分にしたわ」
「一体何書いてたの……じゃあ二は少しマイルドに書き直したんだね?」
「そうね。けど多分、ダメ。もうシュレッダーにかけてしまった」
「なんでそう行動が早いの⁉ その前に見せてよ!」
「シュレッダーにかけるところ? 残念だけどもう――」
「違うよ! その二の方だよ! 何が面白くてシュレッダーにかけてるところを見る……まぁ、私はシュレッダーにかけたりしないから見てみたい気もするけど……」
「仕方ないわね。なら奏、その課題を寄越しなさい」
「だ、ダメだよ! シュレッダーにかけるなんてそうはさせないから!」
「私はシュレッダーにかけるなんて言ってないわ」
「じゃあ、どうするつもり?」


 そこまで言うと、雨は露骨に私から目を逸して部屋からそそくさと逃げようとする。もちろん私はそれを追いかけることになるのだが、既にテーブルへと用意されていた昼食に目を奪われ、雨と一緒に頂くことになるのであった。
 雨の冗談は私にとってすごく面白くて思わず笑顔になってしまうものだけど、その間も彼女はピクリと表情を変えたりはしない。


 私はまだ雨の無表情な顔と泣き顔しかちゃんと見たことはない。随分前、ビルの屋上から救ってくれた時、一度だけ雨の笑顔を見た気がするけど。暗かったのもあって、本当に笑顔だったのかはわからない。
 ただ、私はどうにかして雨に感情と表情をもっと出してあげたい。でも、これは私のわがままであって、雨の笑顔を……もう一度、今度はちゃんと見たいんだ。
 幸い、今日はゴールデンウィークの一日目、休みの時間はまだある。


「ねぇ、雨……」


 箸を置くと彼女にそう告げる。雨はちゃんと私と向き合ってくれて言葉を待っていた。


「せっかくのゴールデンウィークだからさ、雨とどっか行きたいなぁ……って」


 連休中はどこも人混みで溢れかえっているだろう。雨が人混みが苦手なことを知っているはずなのに私はそんな提案……ううん、わがままを言ってしまった。
 だから私はすぐに訂正を入れる。


「あっ、ご、ごめん! 行きたくないよね? 流石に人が多すぎるだろうし――」


 雨は持っていたコップをテーブルに置き、私の言葉に割り込むよう言った。


「奏、勝手に相手の気持ちを決めるものではないわ。それは貴女の悪いところ……でもあるけれど、相手を労る気持ちはとても素敵よ」


 確かに雨の気持ちを勝手に決めてしまった。これは叱られても仕方ないことだけど、ちゃんと褒めてくれる雨に私は少しだけ嬉しく感じる。


「ぜひ行きたいわ」
「……でも、すごく人が多いかもしれないよ? 大丈夫?」
「大丈夫よ。少しは慣れてきてるから、奏こそ人混みは苦手じゃなかったかしら?」
「そ、それは……そうだけど!」
「つまり、そういうことよ」


 雨はそこまで言うと、食器を片付け始めてしまう。
 ああ、そういうことなんだ。
 そう、苦手だと思っていても、一番大事なのは自分の気持ちかもしれない。私も人混みは苦手だけど、その難点を覆い尽くすほどのメリット。私は雨と一緒に遊びに行きたかったのだ。
 雨もきっとそう思っているってこと、なんだよね? だったら、もうその点については心配なんかしないでいい。
 もしその過程で彼女の調子が悪くなってしまったのなら、私がどうにかすればいいんだ。
 私も食器をキッチンまで持っていく。


「雨、遊園地にでも行こっか!」
「遊園地……いいわね、実は行ったことないの」
「そうなんだ! 私も小さい頃に行ったきり全然で……こっちの遊園地は初めてなんだぁ」
「それなら下調べをしたりしておきましょうか」
「うん! 結構広いみたいだから全部乗れるかなぁ……なんだか楽しみになってきた!」
「ええ、私もよ」


 そういってくれて更に私は嬉しくなる。言って良かったかもしれない、言わなかったらきっと行かなかったかもしれないから。
 そして、このゴールデンウィークでどうにか雨に表情を出させてやるぞーっと意気込む私でした。



 ゴールデンウィーク 二日目



「お待たせ、雨! あれ、傘持ってきたの?」


 雨が傘を持っているということは、今日はどこかで天気が崩れるということ。どんな天気予報よりも雨の予報は的確で必ず当たると言っても過言じゃない。
 だけど、今日は違うみたいだった。


「奏がプレゼントしてくれたこの傘、日傘にもなるらしいの。とても便利よ」
「あ、ほんとだ……」


 傘の裏地を見てみると表の赤とは違い、真っ黒。買った時は気づかなかったけど、雨の役に立つのならこれ以上のものはない。
 けれど、そう、問題が。


「これじゃ天気が崩れるかわかんないじゃん!」
「私は天気予報士じゃないのよ……」
「じゃあ天気予言士?」
「それは……でも、そうね。天気予言士ならいいかしら?」
「え、やっぱり天気を予言できるの⁉」
「なんとなく肌で感じるから……お昼から曇り空が続くことになるわね」
「それ、昨日の天気予報で言ってたよ!」
「あら、バレてしまった?」


 そんなことを話しながら私たちは駅へと向かっていく。雨がそういうのなら今日はすごく天気が崩れるなんてことはなさそう。せっかくの遊園地なのにそんなことになってしまえば大変だ。
 駅についた後、そのまま遊園地のある場所まで電車でいくのだけど乗り換えは必須。それに考えることはみんなも一緒なのか遊園地に近づくに連れ、人の量は多くなっていた。
 とんでもなくぎゅうぎゅうに押し込められるほどの満員電車ではないけど、私たちも立たされることは余儀なくされた。


「雨、大丈夫? すごく人が多いけど」
「ええ、思った以上に人が多いわね。傘とか荷物とか邪魔になってないかしら?」


 雨は肩掛けのバッグ。そして両手で赤い傘を極力邪魔にならないよう持っている。これなら問題はない。


「大丈夫大丈夫、もうすぐ着くとは思うけど」


 そう言った後、すぐに電車のアナウンスが鳴り響く。もう到着するようだ、案外早くてよかった。流石にこの満員電車の中だと暑くて気分が悪くなりかねない。
 少しだけ前に引っ張られるような感覚と共に、電車がそのスピードを緩めていく。


『お降りの際は忘れ物にお気をつけください』


 そのアナウンスと共に扉が開かれるが、


「雨、気をつけ……わっ!」
「奏、あっ……」


 押されるように、人の群れから私たちは扉の外へ押し出されていく。


「むぅ……急ぐ気持ちはわかるけど、そんな押しのけていかなくてもいいじゃん……」


 私はムスっとした顔でそう零す。
 大きなホーム。その人の群れを外れ、少しだけ開けた場所へ移動すると雨が私の姿を見つけてくれたのか駆け寄ってきてくれた。


「奏、大丈夫?」
「うん、平気だよ!」
「良かった。それじゃ行きましょうか」


 雨も大丈夫そうで私の機嫌は先程のことをもう忘れたかのように戻る。改札を潜り、駅を出るとかなり横に長い通り。人が多くいたとしても、ゆうゆう通れるほどだ。
 回りには様々なお店、レストランやホテルなどが立ち並んでいた。
 園内で食べることも考え、朝食は軽くすませてある。ここで食べることはないけど、なんとなく目移りしてしまうのは家の近くのビル街とは違った雰囲気だからだろうか?


「えっへへ、なんだか楽しみだね!」
「そうね。奏、暑くない?」


 雨は傘を広げ、その下で涼しげな顔をしている。だけど、雨も降っていないのに二人で傘に入るのはちょっとだけ恥ずかしい。


「ありがと、でも大丈夫だよ! あっ、見てチケットブースが見えてき……うぇぇ、すっごい人の量」
「思った以上の数ね」


 ここにいるだけでも数百人はいるだろう。流石、都会の遊園地……昔住んでたところと比べると、遥かに人が多い。残念だけど、とりあえず並ぶしか他はない。数あるブースの中、私たちは最後列へと並ぶ。
 屋根のおかげでここは影となっているため、雨は傘を畳み私の隣についてくれた。


「どれくらいかかるかな? 早ければいいんだけど」
「案外早いかもしれないわよ」
「え?」


 雨が言ってくれたように本当に進みは早い。他の列と比べて、二倍、三倍の速さだ。
 チケットを渡す人もベテランで、買う人も悩んだりしない感じなのだろうか? そんなことを考えている間に、私たちの番がやってきた。
 それぞれ二枚分のチケットを購入。雨が払ってくれるとのことだったけど、貯めていたお小遣いがある。元々雨のお金でしょ、と言われればそれはそうなのだけど……。やっぱり出すか出さないかで少しは違うじゃない⁉ と私は自分で自分を無理やり納得させた。


「よし、入園するぞー!」
「随分、意気込んでいるわね」
「もちろんだよ! 昨日の下調べと共に、私は乗る順番を決めてるんだから!」
「わかっているわ。その計画が破綻することは……」


 そういって入園の列に並んでいる時、雨は私にスマホを見せてくれる。


「い、いやぁぁぁ……私が最初に乗る予定だったのが、二時間待ち……これじゃ違うのに乗った方が……」
「ゴールデンウィークだもの仕方ないわ。ほら、奏の番よ」
「あ、す、すみません……!」


 少しだけ困った顔をしている入園のチケットチェックをしている女の人に私はチケットを渡すと、先に園内へと入る。
 続いて雨が園内へ。


「よーし! こうなったら、手当たり次第に乗ってく!」
「奏、優先券があるらしいわ。取りに行きましょう」
「え、えぇ⁉ あれ、初めての雨の方が私より遊園地詳しい気がするんだけど!」
「奏もここは初めてでしょう? つまり私も奏も経験はゼロ。ほら、時間がないわ。急いで」
「そういうものなのかな……って、わーん! 待ってよー!」


 傘を広げて歩いていく雨の背中を急いで追いかける私。
 でも、その歩みは私をちゃんと待っていてくれている程の速さで、すぐに追いつくことができる。どんな時でも雨はやっぱり優しい。


 それから私たちは無事、優先券を獲得できた。雨の手際の良さは見習うべきだけど、私なんかにできるかと言われればこれまた難しい。
 雨は奏にはいつも助けられていると言ってくれるけど、実際はどうなんだろう。
 そう考えながら今日、ここへ来た当初の目的を思い出す。
 多分、一番の難しいもの。雨の表情をどうにか表せさせてあげることだ。雨は感情がないわけじゃない、表情に出すのがまったくできないわけでもないはず。
 少しずつでも何かできればいいけど。


「うーん……」
「奏、頂上よ。そろそろ落ちるわ」
「えっ……い、あ、きゃああああああああああああああっ!」


 ジェットコースターが一気に坂を駆け降りていく。体にマイナスの重力がかかり、ふわふわした感覚、そしてそれに伴うゾクゾクした口では言い表せない何かが体を駆け巡っていく。
 右へ曲がり、左へ曲がり、そして坂をもう一度駆け上がる。そしてまた降りる。


「にゃああああああああああ……うひゃああああああああっ!」
「か、奏、大丈夫?」
「ななな何⁉ 聞こえない!」
「大丈夫ならいいのだけど」
「えー! なぁにー?」


 ろくに会話もできないままコースターは出発地点へと帰ってくることになるのであった。
 それからベンチへと座っていると雨がスポーツドリンクを手渡してくれる。


「びっくりしたわ。奏、すっごい叫ぶんだもの」
「えへへ、面目ない……。苦手どころか好きな方なんだけど、久々に乗ったからびっくりしたみたい!」
「そう、でも楽しかったのならよかったわ」
「あ、そうだ! 雨もジェットコースターに乗ったなら、叫ぶのがしきたりなんだからね!」
「えっ……そうだったの? わ、私にできるかしら……」


 あ、困惑してる。別に叫ばなくてもいいんだけど、次のジェットコースターでは叫んでもらおうかなーなんて悪戯心が湧いてしまったので、余計なことは言わないようにしておく。
 スポーツドリンクの封を切ると、それを飲み、雨へジェットコースターの感想を聞いてみた。


「そうね。スリルがあって楽しかったわ。初めての試みだったけど、また乗ってみたい」
「良かった! じゃあ……今度は屋内にあるジェットコースターに乗ろうよ!」
「ここからすぐ近くのジェットコースターね。いいわ、今度は頑張って叫んでみる」
「え、あー……うん」


 ちょっとだけ罪悪感が湧いたけど、雨の為……になるかもしれない! と思って、とりあえず嘘だよってことは喉の奥へとしまい込んだ。


「奏、嘘言ってるわね」
「え、なんでわか……はっ!」


 しまった、雨は私の思ってることがある程度わかるんだった。
 私も口を滑らせるし、次の屋内ジェットコースターでは叫んでもらえないかと思ったけど、雨はなんだかんだ叫んでいてくれた。棒読みな感じ、だったけど。
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