廓の華

 遊女屋に通う経験はないらしい。

 気まぐれで遊びたくなったのか……いや、一晩過ごすだけで大金が必要だ。店によって異なるが、私の働く“かすみや”は、少なくとも仕事終わりにふらりと立ち寄れるような店ではない。

 幼い頃、多くの遊女を雇うこの店に借金のカタとして売られて禿(かむろ)になり、和歌や三味線の芸術を叩き込まれてきた。

 教養が認められて花魁となった今、私の一晩は決して安くない。


「あの、お名前を教えていただけませんか」

久遠(くおん)だ」

「久遠さまは、お仕事はなにを?」


 向こうは微笑を浮かべて、なにも言おうとしない。

 花魁を買う男は、だいたいが大商人か武家の息子であり、この問いをすると自慢話が溢れて止まらないものだが、彼は違う。

 どうやら詮索を嫌うらしい。名前以外教えるつもりがないのだろうか。

 別にそれでも構わない。地獄と紙一重の遊郭は夢を売る場所だ。人に言えない事情があっても、追及しようとは思わない。

 二度と会わないかもしれないのだから。
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