逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

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シェルーラ国のルナティアと頻繁に連絡を取り合うクロエは、何時も手紙を運んでくれる鷹をまじまじと眺め、感心したようにため息を吐いた。
「どうなさいました?姫様」
リンナが紅茶を用意しながら声を掛けた。
「今更ながら、おばあ様の凄さを実感しているの」
手紙など本来、早馬か信頼できる行商人に頼むかしないと出せないものだった。
国内には手紙を配達してくれる専門の職業もある事はあるが、国外にとなればそうそう送る事が出来ない。
だが、前の生で情報伝達能力が何より大切だという事がわかり、地上ではなく山も川も無い空を選んで、鳥に手紙を運ばせるなど思ってはみても実際にやろうとする人はいなかったのだ。
それをやってのけた祖母は、本当に偉大だとクロエは思う。
それに、これだけ頻繁に連絡を取り合える事が嬉しい。常に祖母やルドルフが側に居てくれるような気がして、とても心強いから。

お互い前の様な最悪の結末は避ける事が出来たが、やはりきな臭い話があちこちから聞こえてくる。
先日、サハド国は無事に討伐が完了した事の報告を受けた。
ルナティアの息がかかっている国は横の繋がりが強固で、特にリージェ国と隣接している国々は、国境を守る軍同士かなり綿密な情報交換が行われているらしい。
本来は国同志、互いに牽制しあい自国の利益を最優先するものだ。
全ての国がそうとは言わないが、自国を守る為に余り情報交換をするという事はない。
だが、例外というのもままにある。それは共通の敵が存在した場合である。
リージェ国は正にそれにあたる。隣接する国はルナティアに指摘されなければ、あっという間に飲み込まれていただろう。
貧しい小国を見れば、一目瞭然。自国の姿と重ねて見ている国王もいた筈だ。
ルナティアよりその様な国にも目をかけるよう言われていたが、深い入りするなとも言われていた。
いくら手を伸ばしても、その国に立ち上がる意思が無ければ、そのすべてに意味が無いからだ。下手をすれば悪い方へ利用される可能性がある。
差し伸べた手を拒絶し、飲み込まれた小国もいくつかある。だが、いずれも毒にもならない国ばかりで、捨て置くしかないのが現状だ。

「きっとリージェ国は、焦っているのかもしれないわね」
飲もうとして持ち上げたカップの縁を無意識になぞりながら、クロエがポツリと漏らした。
「そうかもしれません。本来であれば帝国を落としたかったのでしょうから」
「各国にばらまいた魔薬の規模からして、帝国ありきで準備していた様子が窺えるもの」
「えぇ、そのおかげでといいますか、各国とも容易に魔薬を殲滅できていますわね」
そうなのだ。国単位で見ればかなりの規模でばら撒かれている。
ばら撒かれてはいるが、広く浅いのだ。
帝国は守った。だが第二の帝国が出てしまえば、ばら撒かれた種が簡単に芽吹いてしまう可能性のある、危険なものだ。
だからこそ、どんな些細な事でも放置は出来ない。
そしてそれとは別に、リージェ国の王位継承問題。
このまま何の発表もせず王となり、我が帝国に来ようというのか。
すでに各国には結婚のお披露目式の招待状を送っているのだが、何故か招待する予定の無いリージェ国からは早々に参加する旨の親書をもらっていた。
それも、クロエが輿入れしてすぐに。
きっと、何か良からぬことを仕掛けてくる事は目に見えている。

「私も、おばあ様みたいに、何かできればいいのだけれど・・・」
悔しそうに俯くクロエに、リンナは跪きその手を取った。
「姫様。姫様はまずはこの国をお守りください。帝国はこの世界の運命を左右してしまうほどの力があります」
リージェ国は恐らく、帝国をまだあきらめてはいない。
「他国はルナティア様とルドルフ様に任せておけばいいのです」
握っていた手に力を入れ、真っ直ぐな、何の迷いもない眼差してクロエを見つめた。
「クロエ様は堂々としていればいいのです。皇后として、この帝国を守るために」
リンナの言葉に、今更ながら自分のやらなければならない事が分かったクロエは、今目覚めたかのような、すっきりとした気持ちに肩の力を抜いた。
「そうね。その通りね。私は私のできる事をすればいいのよね」
ルナティアの様に世界を跨いで何かする事は、クロエにはできない。
なんせ、彼等とは年季が違う。クロエ達が生まれる前からずっと戦ってきているのだから。
ならばルナティアやルドルフの為に、そして帝国の為に今出来る事をすればいいのだ。
これまで、運命から逃げるために必死に生きてきた。
その糧として吸収してきた事は、己を守る武器となった。
今それを活かさずして、どうするというのだ。
五才まで逆行し此処まで生きて、又、この帝国に嫁いできた。
前の生と何もかもが違い、今はとても幸せだ。そして自分には、この幸せを守る義務がある。
蹂躙され嘆く事しか出来なかった前とは違う。
それを証明しなくてはいけない。
この世界を守るだなんて事は言わないし、クロエには出来ない。
でも、愛する人が治めるこの帝国は、守れるかもしれない。自分は一人ではないのだから。

少し冷めた紅茶を飲み干し、立ち上がる。
「リンナ、おばあ様に手紙を書きます」
「はい、すぐに準備を」

止まり木で寛いでいる鷹を撫でながら、全てが上手くいきます様にと、心の中で祈るのだった。
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