ベランダでキスする関係の名前は?


母が何故、泣きそうな顔をしたのか。


考えて過ごした次の日。


「美鈴、つらい? タオル変えようか。今、冷たい水持ってくるね。」


悩みに悩んだ末、知恵熱を起こして倒れた。ちょうどその日は休日で、多忙な母は仕事でいなかった。
だから代わりに大ちゃんが付ききっきりで看病してくれたのを今でも覚えている。

バチが当たったんだ。

真面目に生きていれば良いと思い込んで生きてきたのに、正しくなかったから。お母さんに悲しい顔をさせてしまったから。


「………」


ぐるぐると悩みながら重だるい身体で寝返りをうつと同時に大ちゃんが部屋に戻ってきて、私の頬を優しく撫でながら言う。


「美鈴は無理しすぎ。」

「無理なんてしてない…。」

「………俺には無理してるように見えるよ。」


年上の人はみんな心配性なんだ。

そうでもないことを大袈裟に受け止めるんだと思っていた。

そんな私に大ちゃんは、ひとつの言葉を投げかける。


「……お母さんのこと好き?」


なんでそんなことを訊くんだろう。疑問に思ったけれど、特に何も付け足さずに答えた。


「好きだよ。」


ぼーっとする脳みそで質問の意図を考えるけれど、頭痛がそれを遮った。数秒後、もう一つの質問を私に問いかける。


「………美鈴はさ、お母さんの役に立ちたいって思う?」

「思うよ。」


思う。けど、間違えた。
何処で間違えたかもわからないまま、より一層複雑に私の心境を黒い渦が荒らす。


「じゃあ、もう一つ質問。」

「……うん…?」

「なんでお母さんに具合悪いことをナイショにしてたの?」


ドクンと胸の奥で鈍い音が響いた。


「っ…言わないで…。」

「やっぱり言ってなかったか…。だと思ったんだよな。美鈴のお母さんだったら美鈴のこと気にかけて仕事休むと思ったし。」

「ナイショにして…。お母さん、休みの日なのにお仕事頑張ってて……それを邪魔したくない…!」


私と春太のために頑張っているお母さんの重荷になるのは嫌だ。
その気持ちだけが先行する。

そうして頑固になった私は悟った。


「…お母さんの邪魔をしないのが、私の凄いところなの…。」


お母さんに笑顔でいてほしい。


『あそこのお家はお父さんがいないから』
『お父さんがいないのに立派に育て上げたのね。』


お母さんが悲しまないために、理想的な娘になりたい。


「邪魔かどうか決めるのは美鈴じゃないよ。」

「………」

「…………きっと今の美鈴のことを、美鈴のお母さんは『邪魔』とも、『凄い』とも、思わないだろうね。」

「大ちゃん…酷いこと言う…。」


涙ぐむ私の頭を撫でている大ちゃんを睨み、手を振り払った。けれど大ちゃんはすぐに再び私の頭に触れて、優しい声で話し続ける。


「………美鈴はもっと自分の気持ちに正直になった方がいいよ。」


『正直』という言葉を何度も頭の中で反芻させた。


「私……」


何を言いたいかも分からないまま口を開いた瞬間。


《ガチャッ》


ドアが勢いよく開いた。


「美鈴…!具合悪いの!?春太から連絡きて!!」


起き上がってドアの方向を見ると、隠れて申し訳なさそうにしている春太と目があう。その後、血相を抱えたお母さんの表情を直視して。


いつの間にか私は泣いていた。


「わっ…!何で泣いてるの!?どうしたの!?」


ワタワタしているお母さん。
当然だ。困らせたくなくて、ずっと一人で泣いてきたから。

いつ以来かわからない涙を見せた私を見て、母は何も追及(ついきゅう)せずに抱きしめてくれた。


「お母さん…仕事は?」

「娘の一大事を優先させて何が悪いのよ…!」

「っ…そんな……突然大きい声…やめ…」

「いつもいつも!『自分は大人です』って顔して振る舞っちゃって…可愛くない子に育ったもんだ!」


呆れながら笑っている大ちゃんと目があって、春太は私に怒られると思ったのかビクビクしていて。


「大好きな娘に気を遣われ続けるのなんてウンザリ!子供は子供らしくしてなさいよ!早く一人前になろうだなんて生意気!」


母の言葉にはトゲがあった。なのに、声音の中には優しさが詰まっていて。


「……心配するから私には嘘つかないで…。いつでも頼って。具合が悪ければ悪いって…寂しければ寂しいって…。」


この温もりがずっと欲しかったんだと、私は知る。


「……ありがとう…。」

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