秘密の子育てだったのに、極上御曹司の溺愛から逃れられない
「子供がいたのか」

 相良さんの問いかけに、私はどうすることもできずに「はい」と答える。すると、「そうか」とつぶやいた彼が一瞬侘しげに微笑んだ。

 切ない思いが込み上げてくる。

 どうしてそんな顔をするの? あなたも子供がいて、家庭だってあるんでしょう?

 私と話したいのも、きっとあの夜の出来事を私に社内で話されたら……と危惧しているからだよね。

「あの日の出来事を社内で話したりしません。だから安心してください」

 自分で言っていて虚しくなった。

 私は相良さんの目を見られず早足でビルの中に入ろうとするけれど、「そんな話をしたいんじゃない」といささか声を張った相良さんに制止される。

 傷ついた面持ちの彼が視界の端に見えて、私は悲痛に顔をゆがめた。

 昨日から、相良さんの行動があの夜と噛み合わなくて戸惑う。

 それでも私は腹を据えて言葉を続けた。

「それ以外に話がありますか? ここは私にとって環境も条件も良い、これ以上ない理想の職場なんです。だから変に注目されて面倒なことにはなりたくないと思っています」

 今度は真っ直ぐに相良さんの目を見据えて言う。まばらに出勤してきた社員がこちらにやってくるのを目にした相良さんが、渋々「……わかった」と納得してくれた。
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