王女ちゃんの執事3『き・eye』男の娘、はじめます。
「兄ちゃん! 兄ちゃん!」
 廊下を引きずられながら、泣きぬれた顔を上げて、おれの視線をほしがる虎には応えない。
 おれだって恐ろしいんだ。
 こわいんだ。

 子ども部屋のドアを開けるべく右手を離した瞬間に、這いずって逃げようとした虎の手から小さな機械を奪い取った力はもう暴力だ。
「ひい――っ」
 悲鳴をあげた虎が部屋に入ってきたときには、おれの指はメール着信通知をダブルタップしていた。
〔7/26 14:20 ご主人様〕
「……っ……」
 開封アイコンをタップする指が震える。
「いやっ! 返して!」
 虎が伸ばしてくる腕を情け容赦なく叩き落として、メールを開いた。
〔参考書がほしいなあ 誰か金貸してくれないかなあ 2500円でいいんだけど 20分で出てこい こないならまた写真撮る〕
 メールにはご丁寧に画像が貼られていた。
 無残に唇を真っ赤な口紅で汚されて泣いている虎の。
「…………」
 全身が怒りで震える。
「ぇ、ぇ、ぇ…」
 虎は床にうずくまって泣いている。
「…………」
 受信ボックスには〔ご主人様〕からのメールはひとつもなかった。
 きっと、傷つけられるたびに幼稚な遊びの証拠を消している。
 ばかな虎。
 反対に脅してやればいいものを、ただやられる道を選ぶなんて。
< 30 / 44 >

この作品をシェア

pagetop