ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


 思い出したのは、バイトが終わり、帰ろうとして優羽さんに「本っ当に気を付けるんだよ?」と念を押されたときだった。

 優羽さんには大丈夫だといったものの、内心どきどきしながら帰り道を歩く。
 一応人通りの多い道を選んだものの、そのせいで逆にあちこちから視線を感じるような錯覚に陥る。

 それでもマンションが見える場所まで来ると、少しほっとして息をついた。
 私は何となく立ち止まって、マンションの部屋の方を見上げる。

 そのとき、誰かが私の肩にガツンと強くぶつかった。かなりの勢いによろめき、バランスを崩した私はその場で転んでしまった。


「きゃっ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」


 上から、どこか気品のある、それでいて可愛らしい感じの女性の声がした。顔を上げると、こげ茶色のゆるく巻いた長い髪のよく似合う、儚げで美しい大人の女性がいた。年齢は優羽さんと同じぐらいだろうか。私にぶつかってきたのはこの人らしい。

 彼女は申し訳なさそうな表情で、私に手を伸ばす。私は素直にその手を取って立ち上がった。


「本当にごめんなさい。よそ見をしてしまっていて。お怪我はないかしら?」

「平気です。こちらこそ道の真ん中で突っ立っていてすみません」


 平気と言ったものの、五分袖の服を着ていたせいで転んだ拍子に肘をすりむき、ヒリヒリする。
 そして彼女は、その怪我を目ざとく見つけた。


「血が!やっぱり怪我をしてしまっていているじゃない。ああ、絆創膏を持っていれば良かったのだけど」

「軽くすりむいただけですから。帰るのはすぐそこなので、帰ってから手当てします。お気になさらず」

「だけど……」


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