ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


「……わかっていない、とは」

「とりあえず先に君の気持ちを確認しておきたいな。橋岡、君は澪のことを愛しているから、僕から彼女を奪ったんじゃないのか?もうその気持ちはなくなったのか?」

「っ、そんなわけありません!何年もの間、何度消そうとしても消えなかった想いがなくなるなんてことは絶対に……」


 今まで冷静さを保っていた橋岡さんが声を荒げた。
 唇を噛み、憎しみの色に染まった瞳をハルさんに向ける。


「初めて見たときからずっとお慕いしていました。あなたと婚約した後だってずっとずっと……。誰がどう見てもお似合いのお二人を、私がいったいどんな思いで見ていたか想像ができますか?」


 私は少しだけ、キュッと胸が締め付けられるような感覚を覚えた。使用人という立場から、お嬢様に想いを伝えることは難しかったのだろう。そうしているうちに想い人に婚約者ができて……。

 しかし一方でハルさんは、「さあ」と冷めた様子で料理を口に運ぶ。


「そんなこと言ったって、結局澪が選んだのは僕じゃなくて君だ。残念ながら同情する余地はない」

「……いいえ。澪様は晴仁様と私を比べて私を選んだのではなく、木坂家の言いなりになることと全てを捨てて自由になることとを比べて後者を選んだのに過ぎません」

「本気でそう思ってるの?」

「思わず澪様に私の身勝手な想いを伝えてしまったあの日、澪様は『それなら私を自由にして欲しい。駆け落ちでも何でもするから連れて行って』とおっしゃいました。それで積年の想いをとうとう抑えきれなくなり、彼女を連れ出すことを選んでしまいました」

「ああ、なるほど……。澪の方もそういう言い方しかしなかったわけか」


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