御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
『病院に行きますか?』

『いや。母も秘書もついているし、俺が行ったところでなにもならない。父も喜ばないさ』

 否定して、社長は自分の机に向かう。メールを確認しているであろう彼の元に、私は静かに近づいた。

『病院に行きましょう』

『川上?』

 なにを言われたのか理解できないといった面持ちで彼が名前を呼んできた。だから私は社長の目を見て再度しっかりと伝える。

『お父様の病院に行きましょう』

 目を見開いた彼の腕を取り、向かうよう促す。

『断言します。あなた、絶対後悔しますよ!』

 お父様になにかあったら、というのは縁起でもないので口に出せなかった。

『……だが』

 まだ煮え切らない社長に、珍しく私は痺れを切らす。

『意地っ張り! 本当は気になっているんでしょ? 迷っているなら行動すべきだっていつも言っているのは誰ですか。くだらないプライドは捨ててください』

 自分の立場を考えず感情で物申す。その勢いに圧されたのか、社長は目を丸くして動き出した。

 本当に父親のことが気にならないなら、社長は私にあそこまで詳しく事情を話さなかったはずだ。

 珍しく饒舌なのは動揺しているから。行かなくていいと説明したのは私に対してではなく、自分に言い聞かせるためだ。

 勢いで社長と共にタクシーに乗り込み、社長は渋々と病院名を口にする。

『行ったところで無意味だぞ』

 車内は夜を映して暗澹(あんたん)として重たい空気に包まれている。おかげで相手の表情がはっきりと見えない。さすがに強引すぎだったかと思ったが後悔はしていない。だって……。
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