御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 どうして私はホテルのスイートルームで社長といるのか。

『川上もなにも食べていなかっただろ』

 そう。社長の指示を仰ぎ、近くの高級ホテルを予約したところまではよかった。

 一仕事を終え、私は帰ろうとタクシーを拾ったらなぜか社長が一緒に乗ってきてこのホテルまで連れてこられてしまったのだ。

 残業して会社からそのままだったので、たしかに空腹ではあった。ルームサービスで用意された料理はレストランに引けを取らず美味しくて、今はスタッフが諸々片付けた後、ワインを飲んでいる社長をじっと眺めている。

 相変わらずどんな仕草も絵になる人だ。ずっと見ていたい気もするけれど、そろそろ帰らないと。

『そんなに警戒しなくてもいいんじゃないか?』

 ソワソワする私の心を読んだのか、社長が声をかけてきた。

『いえ、警戒と言いますか、社長は明日から出張ですし、さすがに日比野さんにも申し訳ないです』

 いくら仕事の延長線上で事情が特殊とはいえ、こんな時間まで社長とふたりきりはいかがなものか。場所も場所だ。

 そもそも本来なら日比野さんが付き添うべきだったのかもしれない。

『……彼女との関係は解消した』

『え?』

 ところが、想像もしていなかった返事に私は耳を疑う。

『だから、なにも気にする必要はない。川上さえよかったらもう少し付き合ってくれないか? 仕事と思ってくれてかまわない。残業代は出す』

 寂しげな言い方に、私は衝動的にそばにあるグラスに注がれていたシャンパンに手を伸ばした。そして勢いよく飲み干す。
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