もしも世界が終わるなら
「今日の夜には帰るよ」
「そう。今日は千生の好物を作って待っているわね」
「あの、お母さん?」
「なに?」
呼び止めておいて、怖気付きそうな気持ちを奮起させるようにひと思いに質問する。
「椿は、今でも好き?」
「ええ。好きよ。進次郎さんが好きな花だったから」
ああ、やっぱり。
母とした椿の話には、続きがある。
『お母さん、ある人に『あんたは椿の花みたいだよ』って言われたことがあって』
寂しそうな横顔を見て、子ども心に咄嗟に口をついて出た言葉。
『キレイだよ。椿は』
椿を通して、母も綺麗だと伝えたかったのだと思う。
母は私の肩に縋り付いて、震える声で言った。『そうよね。やっぱり千生はお父さんの子ね』と。
当時の私は、父は宗一郎さんだと疑わなかったし、優しい父に重ねて誇らしい思いだった。
けれど、今ならわかる。『お父さん』とは、進次郎さんのことで、私の言葉の奥に母は進次郎さんを見ていたのだろう。
母は会うことの叶わなかった父に、とても愛されていた。それが垣間見えただけで、心が満たされるのを感じた。