【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

6 でも、ドレスがありません

「まあ、フィリップ様の執着が原因の地味色ドレスを着ないこと自体は、賛成だけどさ。……何も、売りはらった上に解体しなくてもいいのに」
「執着?」

「ああ、気にしないで。どうせもう関係ないし。これからはもっと明るい色のドレスを着ようよ。きっと似合うよ」
 確かに、フィリップと婚約してからというもの、ドレスは地味な色になる一方で、明るい色などしばらく着ていない。

「いえいえ。平民を目指すのですから、ドレスはもう必要ありません」
「だから、何でそうなるの? 姉さんが悪いわけじゃないんだし、大丈夫だよ。フィリップ様が勝手に浮気して、勝手に婚約破棄を宣言して、勝手に騒いでいるだけだろう」

「そうだとしても、わざわざけちのついた女を娶ろうという人はいませんよ。それに、このまま家にいればごく潰しな上に、ケヴィンの結婚の妨げになります。王族に婚約破棄されて居座る小姑なんて、嫌でしょう? それだけは絶対に駄目です」
 お世話になった大好きな家族の幸せを邪魔するなんて、アニエスには耐えられない。

「それで平民?」
「これでも体力には自信がありますし。裁縫でも畑仕事でも頑張ろうと思います。元々平民ですから、問題ありません」
 気合を入れて拳を握るアニエスを見て、ケヴィンは首を振った。

「姉さんは基本的なところを勘違いしているよ。そもそも俺も父さんも、姉さんが平民に戻るのは反対だ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえるだけで十分ですよ」

 優しい家族に恵まれて、アニエスは幸せだ。
 だからこそ、彼らの邪魔になる自分が許せない。
 アニエスは微笑むと、地味な色のドレスに(はさみ)を入れた。



 結局徹夜して縫い続け、五着のスカートが完成した。
 地味な色の生地に白いレースを入れることで、清楚な可愛らしさが出せたのではないかと思う。
 最近の平民女性の中では、レースを取り入れるのはちょっとした贅沢でありオシャレとして流行だ。
 いずれ来るであろう平民生活に備えて街に出掛けるたびに観察していた成果が、今ここに出ている。

 地味色の生地自体は上質だし、これならそれなりの値で買い取ってもらえるかもしれない。
 何にしても、ただ捨てるよりはいいはずだ。
 多少の眠気も達成感で吹き飛んだので、アニエスはそのまま店に出掛けることにした。


 顔を洗ってワンピースに着替え、馬車に乗るべく扉を開けると、アニエスの視界いっぱいにピンク色の花が広がった。

「……もしかして、あなたがルフォール伯爵令嬢ですか?」
 謎の事態に一瞬固まっていると、花の後ろから声が聞こえてきた。
 見上げてみると、花束を持っているのは黒髪に朽葉色の瞳の青年だ。

 服装からして、上位貴族の使用人。
 見たことのない顔だが、フィリップの使いだろうか。
 アニエスに使いを出す理由はわからないが、恐らくろくでもない要件だ。
 ここは、関わらずにやり過ごす方がいい。

「何のことでしょう。急いでいますので、失礼します」
 横をすり抜けようとすると、押し付けるように花束を渡される。

「……殿下からのお花です」
 その言葉に、アニエスの苛立ちのスイッチが入った。
 公開婚約破棄しておいて、花を贈るとは何とふざけた話だ。

「偽物の元婚約者よりも、運命の相手に贈ればいいのではありませんか」
 大きな花束を突き返すと、そのまま逃げるように馬車に駆け込む。
 少し手が触れてしまったらしく、青年の靴に白い小さなキノコの塊が生えている。

 恐らくイヌセンボンターケの群生だが、見なかったことにする。
 フィリップの使いならば、事情を知っているか説明されるだろうから問題ない。
 馬車が走り出すと、アニエスは大きなため息をついた。


 それにしても、今更何なのだろう。
 国王に騒ぎを怒られて、花を贈れとでも指示されたのか。
 確かにピンクの花は綺麗だったが、気持ちのない相手からの花などいらない。
 あの青年はフィリップに怒られるのかもしれないが、彼のために受け取る義理もない。

「……さあ、気分の悪い事は忘れて。このスカートを売らないといけません」
 少しばかり苛ついた気持ちにはなったが、忘れた方がいい。
 その後、スカートが思った以上の値で買い取られたことで、アニエスの機嫌はすっかり回復した。



「こんにちは」
「……こんにちは」

 黒髪に朽葉色の瞳の青年は、まだ屋敷にいた。
 帰っていないどころか、今度はしっかりとルフォール伯爵家に連絡を入れての訪問だ。
 運悪く父と弟が留守である以上、アニエスが応対せざるを得ない。

 たとえへなちょこ浮気野郎でも、フィリップは王族の端くれ。
 正式に訪問した王家の使いを無視して、玄関先で追い返すわけにもいかないのだ。
 何と悲しい身分の差。
 アニエスは小さなため息をついた。

 応接室で向かい合う形になった青年の靴に、さすがにキノコの姿はない。
 ということは、どこかで落としたか、気付いてむしり取ったのだろう。
 フィリップに説明されていないとしたら、相当不思議だったに違いない。
 キノコの行方について考えを巡らせていると、青年は机の上に白い封筒を置いた。

「舞踏会の招待状です。確かにルフォール伯爵令嬢に渡すよう、言われていますので」
 招待状をとりあえず受け取ってから断ることも、不可能ではない。
 だが正式に訪問された上で受け取ったとなると、欠席するのはかなり厳しいだろう。

「……もう婚約も破棄されますし、招待される謂れがありません」
 受け取る前に断るのが安全策だろうと思って伝えると、青年は何やら驚いた様子で首を振った。
「違います。フィリップ殿下ではなく、クロード殿下からの招待です」
「――はい?」

 思わず令嬢らしからぬ声が出て、慌てて口を押さえる。
 意味がわからないが、王家の使いがアニエスに冗談を言って嫌がらせするとも思えない。
 ということは、本当にクロードが舞踏会に招待していることになるが。
 ……まったく理解ができない。


「どちらにしても、招待される理由がありませんので、辞退させていただきます」
 しっかりとお断りすると、今度は青年が慌て始めた。
「是非一度、参加していただきたいのですが」
「辞退させていただきます」

「そこを何とか。少しだけでもいいですから」
「そう言われましても。ドレスもありませんし、無理です」
 なかなか終わらない話にけりを着けようと事実を述べるが、青年も必死だ。

「いや、普通のドレスでいいです」
 豪華なドレスを着なくてもいいという意味で言っているのだろうが、そういうレベルではない。

「いえ、ドレス自体が一着もないんです」




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【今日のキノコ】
イヌセンボンタケ(犬千本茸)
白色~薄い灰色で傘の直系は1cmくらいで、群生する。
見た目はホワイトチョコのアポ〇そのものなので、ちょっと可愛い。
毒でもないが食用でもないらしい。……美味しくないのかな。
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