夏空、蝶々結び。

風邪が治っていないのと、残業したのと――さっき、ほんのちょっとだけ泣いたせい。
今の私は、毒素すら蓄えられていないんだ。きっと。

言いつけ通りお粥を作り、食べて、薬を飲む。
必要もなくパパッと着替えを引っ張り出して、脱衣場に向かおうとし、足が止まった。


「ゴン」

「いくら積まれても覗かねぇから」


悪態も重ねるごとに酷くなる。


(何で、覗かれる方がお金を積み上げないといけないのよ)


そんな文句はすぐ浮かぶのに、口を開いて出てきたのは何故か――。


「……ありがと」


慣れた訳じゃない。
きっとまた、それも近いうちに私は頭にくるだろうし――傷つきもするんだろう。

けれども今、気がついていた。
ゴンの口調ひとつ、私の受け取り方ひとつで。
悪口って、優しく聞こえたりするんだ。

今思えば、少し変だ。
あの時、あんなふうにゴンが怒るなんて。
私が会社でどんな扱いを受けようと、変わらず茶化したりしていればいい話。
なのに彼は笑うどころか、すごく不愉快そうに――腹を立ててくれたのだ。

もしかしたら、カナちゃんに。
もちろん誰より、無理して引き受けて――具合悪いことも忘れて人の仕事をやりきり、満足げでいた私に。

ひとつ理解したら、またひとつ知る余裕ができる。
ゴンに言おうものなら、また


『自意識過剰』

『調子に乗んな』


……とか、言われちゃうんだろう。
せっかくの気分が台無しになるから、口にはしないけれど。


「……っ、早く入れって」


私のお礼は、想像すらしていなかったのか。
どうやら、意地悪な言葉も出ないらしい。
笑ってしまわないように気をつけながら、ドアを開けた。


「あ、かなえちゃん」


今頃振り向くと、彼は何かを言いかけ――舌打ちする。


「……何でもない」


気にはなったが、自分で呼び止めておいてゴンは何故だかイライラしていた。


(やめとこ)


張っておいた湯船に浸かり、ほっと一息吐く。
何となく、今は喧嘩したくない。

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