ハージェント家の天使
 ただ、様子を見に行くにしても、どこで事故があったのか、そもそも屋敷から外に出た事が無い御國には全くと言っていい程、何もわからなかった。
「こういう時にテレビやスマホがあれば……」
 テレビやスマートフォンがあるならば、最新の情報をいち早く入手出来るだろう。
 この世界にそれが存在しない事が、今はとても悔やまれた。
 御國は悶々としたまま、待つ事になったのだった。

 それから、御國が旦那様を待っていると俄かに廊下が騒がしくなった。
(もしかして!)
 御國はベッドから起き上がると、一目散に部屋から飛び出したのだった。

「すっかり遅くなりましたね……」
「そうですね。ここまで遅くなったのは初めてではないでしょうか。特にニコラ様が生まれてからは」
 旦那様は外套を脱ぐと使用人に預けると、襟元を緩めたのだった。
「皆はもう休みましたか?」
「はい。今は私とペルラ以外の使用人は下がらせました。ニコラ様は乳母が見ています。モニカ様は……」
「旦那様!」
 御國が玄関ホールに向かうと、階下には外套を持った使用人と旦那様が目を大きく見開いていたのだった。
「モニカ? こんな時間まで起きていたんですか?」
 御國は一気に階段を駆け下りるが、激しい運動をしたからか、階下に降りた途端に息を切らしてしまった。
 肩で息をしていると、慌てたように旦那様が駆け寄って来たのだった。
「モニカ! もしや、体調がわる」
 御國は旦那様に駆け寄ると抱きついた。
「良かったです! 私、私……。旦那様が事故に遭われたのではないかと心配で、心配で……」

「モニカ……」
 旦那様はなぜ御國が知っているのかと使用人を睨むが、使用人は申し訳なさそうに首を竦める事しか出来なかったのだった。
 旦那様は抱きついている御國を、抱きしめ返そうか迷い、手を伸ばした。
 けれども、途中で止めると、御國の身体を自分から離したのだった。
「私は何ともありません。帰りが遅くなったのは、事故の対応に追われていたからです」
「事故の?」

 旦那様によると、今日の昼間、王都の中心部で数台の馬車が絡んだ事故が起こったとの事だった。
 その際、馬車に乗っていた人間や御者だけではなく、転倒した馬車や暴れ出した馬によって周囲にいた人間をも巻き込んだ大事故となったらしい。

 旦那様は息を吐いたのだった。
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