ハージェント家の天使
「ニコラも、いい子で待っていてね」
 手足をバタバタさせて、ニコラは笑ったのだった。

「アマンテさん、もし、私が居ない間にニコラが騒いでしまったら、私の部屋のベッドにニコラを寝かせて下さい」
「ベッドにですか?」
「はい。私の匂いが残っていると思うので、ニコラも落ち着くと思うんです」
 ニコラに限らず、赤子の中には母親の匂いや温もりを感じられるベッドやタオルを渡すと落ち着く子がいるらしい。
 御國の世界では、家事などで手が離せない時に赤子がぐずついた時にタオルや衣服を渡して大人しくなったという話があった。
「わかりました。その時はそうします」
「お願いします」
 未だ半信半疑のアマンテにニコラを託すと、モニカは馬車の横で待っていたマキウスの元に向かった。

 モニカが馬車に手をかけて乗ろうとすると、マキウスがそっと制したのだった。
「モニカ、こういう時は男性にエスコートしてもらうものです」
 マキウスが差し出してきた白手袋の手を、モニカは見つめた。
 そうして、同じく白手袋をした自分の手を、マキウスの手に重ねたのだった。
「足元に気をつけて、ゆっくり乗って下さい」
「はい」
 顔が赤くなっていくのがモニカ自身にもわかった。
 モニカはマキウスの手を取り、反対側の手で馬車の入り口の淵を掴んで乗り込んだのだった。
 モニカが座るとマキウスも馬車に乗り込み、向かいの席に座った。
 そうして、マキウスが合図を出すと馬車が走り出したのだった。

 モニカが馬車の窓から小さくなっていく屋敷を見ていたら、マキウスが声を掛けてきた。
「育児に詳しいようですが、以前も経験をされた事が?」
 マキウスの指す「以前」が、御國の頃だと気づいたモニカは首を振った。
「いいえ。ただ、いつの日か結婚して、子供が生まれた時の為に、いくつか子育てに関する本を読んでいたんです」

 御國だった頃は、自分もいつの日か素敵な男性に出会って、恋をして、結婚をして、子供を産むものだと思っていた。
 そんな日を夢見て、時間がある時には育児や子育てに関する本を読んでいたのだった。
「そうでしたか……」
 悪い事を聞いてしまったというように、マキウスは視線を逸らそうとした。
 モニカは慌てて、「でも」と続けたのだった。

「マキウス様の様な素敵な男性に出会えて、ニコラという可愛い娘が出来て、私は大満足です。……死ななくて良かったと思っています」
「この知識も無駄にならないですし」とモニカが微笑むと、「全く」とマキウスは息をついたのだった。
「貴方には敵いそうにありません」
「私も、マキウス様の懐の深さには敵いません」

 相手がマキウスでなければ、モニカの話を信じてくれなかっただろう。
 モニカの話を聞いて、モニカを信じてくれたのは、マキウスの懐の深さによるところが大きい。
(私も、何があってもマキウス様を信じよう)
 マキウスがモニカを信じてくれたように、モニカはマキウスを信じよう。
 モニカはそう心に決めたのだった。
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