ただきみと旅をしたいだけ
 
 そうは言ったところで、いつまでもこうしているわけにはいかない。すっかり涙が枯れてしまうまで泣いて、最後のところはもしかすると何も考えたくなかったから無理やり、そんなふりをしているところもあったかもしれない。

 それでも、耳の尖った男の子は、私の隣に座り込んで、時折背中を叩きながらじっと待ってくれた。鼻をすすって、息を落ち着かせて、初対面の男の子の前でみっともない姿を見せてしまったという、色々な気恥ずかしさも飲みこんだ。そうしてそっと顔をあげると、男の子は私と目が合った途端に、にっと笑った。それから、また思いっきり背中を叩いた。痛くなんてなかったけれど、思わず萎縮するふりをして、ゆっくりと立ち上がった。そうして見比べて見ると、彼と私は同じくらいの身長らしい。

 ついさっき、私は頭の上から落っこちた。
 真っ暗で、きらきらと幾つもの星が光る空を見上げてつい先程のことなのに、まるで嘘のような感覚に胸の中がざわついた。

「なあ」

 そうして考え込んでいると、声をかけられた。「お前、人間だよな? どっから来たんだ」「どっからって」 思わず上を向いてしまったけれど、何をどう言えばいいのかわからない。
 ざわざわと、木々が風に揺れる音ばかりが聞こえた。そんな私の様子を見て、彼は何を勘違いしたのか、「俺の名前は、レグルス」 ぽん、と自分の胸を叩いた。別に、初対面の相手を前にして小さくなっていたわけじゃないんだけど、とぽそぽそと口先だけを動かしてしまう。「私は、遠野、だけど」

「トーノ?」
「え、いや、名前は果菜だけど」
「カナ? トーノ? どっちだよ」
「カナだよ」

 こんな話をしている場合じゃない気がするのに、レグルスというこの男の子は、私の名前を幾度も繰り返して呟いた。同じ年頃の男の子に、そんな風に呼ばれることはあまりないから、なんだかもぞもぞして仕方ない。

「そ、そうじゃなくて。ここはどこなの?」
「南のエルフの村。なんだよ、お前魔法でも失敗したのか? いや、そんなわけねぇか……」

 まほう。
 これまた不思議な言葉が出てきた。嘘でしょ、と吐き捨てたい気持ちはあるのに、ばたばたと頬を撫でる風を思い出して、足がすくんだ。「そんならしゃあねえな。良くはねえけど、無視するわけにもいかねえもんな」 そう言って、レグルスは私の腕を掴んだ。びっくりして跳ね上がると、「何してんだよ。村まで行くぞ。あんまり歓迎はされないからな。覚悟しとけよ」

 隠れて行った方がいいんだろうけど、隠すとあとがやっかいだからな、と一緒に彼は呟いて村の中を横断した。

 ぴんぴんの、耳が尖っていて、容姿端麗な人たちばかりが、ぼんやりと光るランタンのような植物を持って、楽しげに曲を流して笑っていた。嘘みたいな光景だった。なのに彼らは私に気づくと、ひぃっと悲鳴をあげて散り散りに消えていく。

「……まあ、気にすんな」

 なんだか傷ついた。気にするなと言われてもさすがにちょっと難しい。消えていくエルフ達の中にはピンクの髪の女の子が口元を噛み締めて、じっと私を睨んでいた。けれどもすぐさま両親に連れられて背中を向けて小さくなる。レグルスに連れて行かれたのは、丸太でできた小さなお家だ。可愛いけれど、正直なんだか落ち着かない。(違う、世界……) じわじわと、嫌な実感が近づいてくる。怖い。

「お前、傷だらけだな。枝にひっかけたんだな。ちょっと待て、薬、塗ってやるから」

 椅子に座った。棚から小さなツボを取り出してなにかをしようとするものだから、思わず腕を引っ込ませたくなったけれど、その前に彼が素早く掴んでぐるぐると包帯を巻いてしまった。「ああ、服もな。俺のでいいだろ。さっさと着とけよ」 投げつけられた布を慌てて受け取った。

「ね、ねえ、あなたのご両親は? 兄弟とか」
「あ? いねえよ」

 部屋の中は一部屋だけで、テーブルの上にはランプが一つ灯っているくらいで、殺風景な作りだ。「いないって……」 思わず言葉を重ねてしまった。「いないもんは、いねえ」 木をくり抜いてできたコップに注がれた水を受け取った。それを飲み込むと何を話せばいいのかもわからなくなっていた。

「とりあえず、寝とけよ。エルフは夜が好きじゃないんだ。今日はただの特別だ。明日、話をきいてやるから」

 とは言っても、ベッドは一つしかない。床に転がろうにも、土足のままで入ってしまった。困って足元を見た私に気づいたのか、「寝床は貸してやるよ。俺はちょっとやることがあるからな。さっさと寝とけ」 そんなことを言われても、無理に決まっている。

 そう思っていたのに、体は疲れ切っていたのか、ぐっすりと眠ってしまった。起きて、自分が嫌になった。髪すらくくったままだったから、ぐしゃぐしゃだ。借りた服に着替えて、一緒にほどいた髪ゴムを見つめた。小さな星がついていて、お兄ちゃんが誕生日にくれたものだ。中学生になるのに、こんなの子供っぽすぎると怒ってお尻を叩いてやった。そんな私を見て、ゲラゲラと笑って、お似合いだろと言っていて、それがまた嫌だったはずなのに。

「お兄ちゃん……」

 外からは、ちゅんちゅんと鳥の泣き声が聞こえて、窓から明かりがさしている。「レグルスー!!!」 扉が叩くような勢いで開けられた。びっくりして、飛び跳ねてしまった。

「レグルス、ちょっと、どういうことよ!」

 頭にお団子をくっつけたピンク髪の女の子が、拳を振り上げて怒っている。それから思いっきり周囲を見回した。バチン、と叩くように視線が合って、思わずベッドの布を握りしめた。「ちょっと!」 ずんずんと少女がこちらに近づいてくる。彼女もつんつんに尖った耳をしていて、その先まですっかり真っ赤になってしまっている。

「汚い人間が、なんでレグルスのベッドにいるのよ!」

 そうして、思いっきりひっぱたかれた。
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