拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

「……あの、二ヶ月後ってどういうことですか?」

 少ししてやっと声を出した私の質問に、桜小路さんはあからさまにムッとした表情になって、プイッと明後日の方向を見据えながら不機嫌そうな声でキッパリと言い切った。

「そのままの意味だ。一ヶ月後に俺の父親である当主と顔合わせしたら、その一月後には入籍して式も挙げる手はずになってる。前にも言ったと思うが、これは『決定事項』だ」

ーー確かに、『決定事項』とは言ってたけど、二ヶ月後に結婚するなんて聞いてないッ!

それよりなにより、桜小路グループの御曹司なら、それ相応の式場でないと格好にならないだろう。

 式場がそんな簡単に押さえられるはずがない。絶対無理に決まってる。

「二ヶ月後に結婚だなんて、そんなの聞いてないし、いくらなんでも急すぎですッ! 絶対無理ですッ! 第一式場なんてとれっこありませんよッ!」

 そう思って放ったのだが……。

「式場のことなら心配ない。俺は帝都ホテルの経営者のひとりだからな。それに、お前が事故に遭ってから、多忙を極める仕事の合間を縫って、伯父や継母にも気付かれないように、あらゆることを想定して、秘密裏に慎重に進めてきたんだ。抜かりはない」
「……ッ!!」

 反論の余地も与えてはもらえなかった。

 私の知らないところで色んなことが勝手に進められていたことにも驚いたし、腹立たしかったけれど。

 そんなことよりも、私の言葉を聞いた途端、真正面から私を見据えてきて、菱沼さんと仕事のことでも話すように、やけに堂々とした自信たっぷりな物言いで、淡々と言い放った桜小路さんの姿に、なんだか知らない人のように感じられて。

 何故だか、無性に悲しくて、泣きたくなってきた。

 これまで、不器用ながらも、泣いてた私のことを慰めてくれたのも、りんごのコンポートや服で私の機嫌をとろうとしてくれたのも。

 桜小路さんにとったら、全部全部、計画を進めるための手段に過ぎなかったんだ。

 そんなこと、分かってたはずなのに、こんなにも悲しいのはどうして? 

 やっぱり桜小路さんのことを好きになりかけてるってこと?

ーー違う。絶対にそうじゃないッ! 泣くもんかッ!

 泣き出したりしないように、奥歯をしっかりと噛みしめて、正面の桜小路さんを見据えたままで動くことのできない私のことを、どうやら桜小路さんは不安がっていると勘違いしたらしい。

 私のことを元のように自分の胸へとしっかりと抱き寄せた桜小路さんは、とびきり優しい声音で、私のことを宥めるように囁いてきて。

「勝手に巻き込んでしまった菜々子には悪いとは思うが。菜々子に危害が及ばないように対策も練ってある。継母には、しっかりと釘を刺してあるから、もうここにも好き勝手に出入りはできない。もし仮に何かを仕掛けてきてもすぐに対処できるように、ここの警備も強化してあるから安心しろ」

 最後には、

「婚約者として、菜々子のことはこの俺が絶対に守る」

 あたかも本物の婚約者を安心させるようにして、宣言でもするかのようにそう言ってくると、力強くぎゅっと抱きしめられていた。
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