拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 なんでも、昔から『パティスリー藤倉』のスイーツが大のお気に入りだという、貴子さんのおしゃべりが始まったのだった。

「それにしても驚いたわぁ。菜々子さんのご実家が、まさかあの藤倉さんだったなんて。本当に、世間って狭いものよねぇ? 道隆さん」
「……あっ、あぁ、そうだね」
「そういえば。新婚当初には、仕事帰りに藤倉によく立ち寄って、手土産を買ってきてくださってたわよねぇ。懐かしいわぁ」
「……そ、そうだったかなぁ? ハハッ」

 そうして、食前酒のワインですっかり上機嫌となっている貴子さんに、いきなり話を振られ、優しい雰囲気のご当主に比べてキリッとした男らしさのある道隆さんの顔が一瞬だけ、引きつったように見えた。

 同時に、大広間の空気が張り詰めたような気がして。

 なんだか、見ているこっちまで、いたたまれない心持ちになってしまった。

 周りの様子と、さっき聞かされた創さんの話からすると、おそらく、私の父親が道隆さんだと知らないのは、その妻である貴子さんだけだろうから、仕方ないのだろうけど。

 でも、それって、奧さんの前に不倫相手の娘が居るという、なんとも可哀想な、この状況に置かれてる道隆さんへの同情にも似た感情だろうと思う。

 それから、結婚相手の親族に父親が居たという、私に対しても。

 でもそんなものは、今の私にとっては、さして大したことじゃない。

 それよりなにより、初めて対面したとき、道隆さんは私を見ても、顔色一つ変えることはなかったことが結構ショックだったのに。

 それが、奧さんに『パティスリー藤倉』の話を振られたくらいで、あからさまにビクビクするなんて。

 なんだか、

『遠い昔に捨てた女のことなど記憶にないのに、今更、子供だからって言われても、迷惑極まりない。それよりも自分の立場が何より大事』

そう言われているような気がして、人質になれと言われたときよりも、自分が惨めに思えてならなかった。

だから、別に、同情されることなんてどうってことない。

 実の父親にとって、自分の存在が隠し通しておきたいモノでしかないってことに比べれば、取るに足らないことだ。
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