拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

 そうやって、私が浮き沈みしていた間。

 いつもは空気の全く読めない愛梨さんも、複雑な私の心情を察してか、はたまたただ眠いだけなのか、えらく静かだなと思ったら、転た寝中だったようだ。

 だだっ広いキッチンは静寂に包み込まれていて、なんとも物寂しい、暗い雰囲気に満ちていた。



✧✦✧



 しばらく経った頃。

【菜々子ちゃんッ!】 

 転た寝中だと思っていた愛梨さんから、突如大きな声が飛び出してきて、驚きすぎた私は、危うく椅子から転げ落ちるところだったのをなんとか堪えて、ホッと胸を撫でかけている私の元に、愛梨さんの底抜けに明るい、ポジティブな声音が立て続けに放たれた。

【一度会ってみればいいのよ。いくら離れていたっていっても本物の親子なんだもの。きっと長年のわだかまりも解けて、分かり合えると思うわぁ】

 確かに、そうなのかもしれないけど、どうしても尻込みしてしまう。

 父親にとって、もしも本当に、自分の存在が邪魔で、私のことを排除しようとしてるのだとしたら、そう思うと、怖くてしょうがない。

 残酷な真実を突きつけられてしまったら、今度こそ立ち直れそうにないんだもん。

 どんどんネガティブな思考に侵食されゆく。

 このままどこまでも沈んでいきそうになっていたところに。

【菜々子ちゃん、そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。道隆さん、菜々子ちゃんのこととっても心配してたみたいだったから。それに、菜々子ちゃんには婚約者である創がついてくれてるんだから、大船に乗ったつもりで、ドーンと構えていればいいのよ。きっとうまくいくから安心なさい】

 流石は親子。そう思うくらいに、創さん並の自信たっぷりな口調で、そう言ってきた愛梨さんの言葉が胸にグッときて一瞬、泣きそうになってしまったけれど。

ーーそうだ。私には創さんがついてくれているんだから、大丈夫。

 愛梨さんのと言葉と、創さんの存在に後押しされて。

 昨日はちゃんと話す機会もなかったし、一度くらい話を聞いてみてもいいかも。

 そう思い始めていた。

 ちょうどその頃。

 帝都ホテルの応接室で、

「これ以上、あの娘《こ》を巻き込まないでくれないか」
「不倫して子供まで作っておいて、ゴミ屑のように捨てたクセに、今更。物は言いようですねぇ。菜々子のことが貴子伯母さんにバレるのが怖いだけでしょう」
「創くんこそ、咲姫の身代わりにしてるんじゃないのか?」

父親である桜小路道隆さんと婚約者である創さんとが真っ向から対峙していたなんて、夢にも思っちゃいなかった。

< 153 / 218 >

この作品をシェア

pagetop