拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
#11 幼き頃の思い出

 お皿は割らずに済んだものの、テーブルに当たってガチャンと派手な音がして、そこに、菱沼さんの鋭い指摘が飛んできた。

「おい、チビ。気をつけろ」

 けれど今はそれどころではない。

「あのう、菱沼さん。どうして私にそんな大事なことを話してくれたんですか?」

 だって。私は執事とか秘書とかって仕事がどういうものなのかよくはわかんないけど、少なくとも、仕えている人のプライベートな情報を他人に漏らすようなことはしないんじゃないかと思う。

 ましてや、誰よりも仕事に矜持と情熱を持っていそうな菱沼さんが、そんなことするはずがない。

 私の言葉に一瞬、驚いたような表情を覗かせた菱沼さんはすぐに澄ました執事仕様の顔に切り替えて、実にあっさりと答えてくれた。

「どうしてって、試用期間とは言え、お前は創様の専属パティシエールなんだ。それに、俺にとっても同じ職場の仲間でもある。創様に関する情報を共有するのは当然だろう?」

 確かにそうだけど。なにやら引っかかるような気がして、釈然としないのは何故だろう。

 菱沼さんの真意を探ろうと顔をジッと見つめてみたところで、何も分かるはずもないのだが。そこへ。

「それに、創様の反応がよく分からなくて、酷く不安げだったからなぁ。そのまま見て見ぬふりをして、うっかり者で出来の悪い同僚がヤル気をなくして、余計な仕事を増やされても困るからな」

 厭味ったらしい口調で意地の悪いことを言ってきた菱沼さんの言葉に、まんまと食いついてしまった私の関心事は、桜小路さんのお母様の方へと移っていった。

「そんなことでやる気をなくしたりしませんッ! それより、情報を共有していいなら、訊いてもいいですか? 桜小路さんのお母様のこと」

 こうして、一応私のことを同僚として認めてくれていたらしい菱沼さんから、桜小路さんのお母様の話を聞かせてもらうことになった。

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