拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

【確かに、道隆さんは野心家だったと思うわ。でも、私が知ってる道隆さんは、さっきの話のような酷い人ではなかったわ。私が死んでからのこの二十年の間に色々変わってしまったようねぇ】
「そうなんですか?」
【ええ。道隆さんは誰に対しても、物腰もとても柔らかだったし、人当たりも良かったわ。何より、人の上に立つべくして生まれてきたような、そういうカリスマ性があったわ。それは先代のご当主であるお義父様もよくおっしゃっていらしたほどよ。きっとそれは、育ちのせいねーー】

 菱沼さんの話とは随分違ってた愛梨さんの言葉に驚いて返した私に対して、そう切り出してきた愛梨さんの話によると……。

 道隆さんの実家は、桜小路家と同じく旧財閥の旧家で、桜小路家に次いで大きな勢力を誇っていたらしい。

 けれど五男坊だったことで、桜小路家との結びつきを強固なものにするために、桜小路家の長女である貴子さんの婿養子となった。

 つまりは政略結婚だったらしいのだ。

 でも別にそれは珍しいことでもなく、当人たちも納得の上だったらしい。

 ちなみに、愛梨さんの実家も桜小路家の遠縁に当たるらしく、生まれたときから結婚することが決められていたというから驚きだ。

……といっても、愛梨さんと創一郎さんの場合は、幼馴染みだったことでお互い物心ついた頃からの相思相愛だったからなんの問題もなかったらしいが。

 そんな惚気まで聞かされた結果、分かったことは、おそらく婿養子として桜小路家の古参から指導と称して様々な嫌がらせや妨害を受けた結果として、先代の当主が亡くなったことを機に、自分のカリスマ性を最大限に活かして、古参らの勢力を抑えているのではないかと言うことだった。

 それに、いくら始めから政略結婚と割り切っていても、我が儘放題で自由奔放な貴子さんとの冷え切った関係から、長年の鬱憤も加わっているんじゃないかとも。

 愛梨さんのお陰で、まだ顔も知らない父親が根っからの悪人でないことを知ることができた。

 それでも結局は、菱沼さんが言ってたように、母親や私よりも地位や名声の方が大事だったんだということに変わりはない。

【大丈夫よ。きっと、菜々子ちゃんのお母さんのことは本命だったと思うから。ただ既に結婚していたからどうにもならなかっただけだと思うわ。だから、ね。元気出して】
「……」

 いくら愛梨さんから慰められようとも、心の奥底で鬱々としたものが澱みのように残ったままだった。

 そんな風だったから、愛梨さんの声にも何も返せず、クッションに突っ伏したままだった私の元に、再び愛梨さんの声が聞こえてきたけれど。

【あら、創だわ。どうしたのかしら】

 その声を聞くまで、静まりかえったリビングダイニングに入ってきた桜小路さんの気配になど、気づくことはなかった。

 愛梨さんの声に驚いた私が顔を上げた刹那。

「そんなところにまだいたのか?」

 視界に桜小路さんの姿を捉えるよりも先に、桜小路さんの不機嫌そうな低い声が広い部屋中に響き渡った。

 お蔭で吃驚してしまった私はもう少しでソファから転げ落ちるところだった。
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