拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

無愛想で不器用な王子様

　桜小路さんの寝室に初めて足を踏み入れた私は、そのままふかふかのキングサイズのベッドの上にとさっと下ろされた。

　正確には足を踏み入れたんじゃなく桜小路さんによって運ばれたのだが、とにかく私の身体は、只今、桜小路さんに組み敷かれているのである。

　こんなシチュエーション、生まれて初めてで、どうしたらいいかも分からない。

　ただただ真っ赤になってあわあわすることしかできないながらも……

ーーベッドで一緒に寝るんだろうとは思っていたけど、なにも組み敷かなくてもいいんじゃないだろうか。

　ただの偽装結婚なんだし。周囲の人間の前でだけ、それらしく装えばいいだけの話だ。

　そう心の中で異議を唱えていたところ。

「ただの偽装結婚なのに、どうしてここまでする必要があるんだ？　って言いたげだな？」

　まるで心の中を覗いたようなことを言われてしまい。

「なんで分かったんですか？」

　思わず聞き返すも、驚きのあまり、目を大きく見開いたせいで、涙が乾いて強張っていた目の周辺が引きつって気持ち悪くてしょうがない。

　堪らず手の甲でゴシゴシと目の辺りを擦り始めたところ、

「こら、擦るな。余計に腫れるだろうがッ」

桜小路さんの怒った声に咎められ、驚いてビクッと肩を竦めた瞬間。

「じっとしてろ」

　今度はいつもの無愛想な不遜な声が返ってきた。

　そして一体どこから出してきたのか、水で湿らせた冷たいタオルを手にした桜小路さんに、いきなり目元を覆われてしまうのだった。

　おそらくそれで冷やせということなのだろうが、あいにく、視界が突如暗転したお蔭で、突然の出来事に頭が追いつかない。

　半ばパニックで忙しなく手足をばたつかせて、枯れたと思っていた涙が再び溢れそうになった時。

「さっきの話だが、いくら反対勢力を抑えるためとはいえ、巻き込んでしまったお前には悪いことをしたと思ってる」

　桜小路さんから謝罪の言葉が飛び出してきたもんだから、またまた吃驚してしまった私の涙は引っ込んでしまっていた。

　同時に、暴れるのをやめて静かになった私に向けて、桜小路さんから再び声が届くのだった。

「俺だって、いくら偽装結婚をするといっても、誰でも良かった訳じゃない。だから、試用期間を設けたくらいだ。アレルギーのこともそうだが。それよりも、どうしても好きになれそうになかったらやめるつもりだった……」

　なぜか最後の最後に、声がフェードアウトしていくような、どこか歯切れの悪さを感じたが、それよりも内容のほうが、これまた意外なものだったために、驚きのあまりブラックアウトしそうになったくらいだ。