全身全霊、きみが好きだ!

 がしゃこんっ、と少し離れたところで音が鳴る。

「……きづい、てんの……かな」

 座らされたベンチで独りごちる。何だか強引だったのもあるけど、そもそも、樋爪の不在を尋ねた時も彼女の挙動は変だった。
 もしかして、彼女も樋爪の浮気(多分)に気付いていて、そのことを俺に相談したいのだろうか。多分、いやきっとそうだ。そう考えると彼女の行動の不可解さも納得がいく。
 まぁ別に、相談されるのには慣れてるし、いいんだけど。やっぱり、俺ってそういう役回りでしかないんだな。いや別に、いいんだけどさ。
 じくりと胸が軋んで、何だか痛くて、今すぐ帰りたくなった。

「お待たせ。はいこれ。海鋒くんの」
「あ、りがと。ゴチに、なります」

 差し出された缶のカフェオレ。コーヒーじゃないところが可愛い。なんて思いながらそれを受け取って、隣に座る月島さんの気配を感じつつも、視線は手元に落とした。
 かしゅりと飲み口を開け、くぴりと一口分喉に流す。甘くて、だけど少しだけ苦い液体が胃に届こうかという頃、隣で「ごめんね」と、か細い声がこぼされた。

「え?」
「強引に、誘っちゃって」
「……や、別に、」
「……海鋒くんの彼女、に、勘違いされちゃうよね……ごめんなさい……それとなく言ってくれてたのに……気付いたの、ついさっきで、」
「え、や、待って。違う違う。俺、彼女いない」
「……いない、の? 本当……?」

 海鋒くんの彼女。そのフレーズに思考は一瞬停止して、けれどすぐに再稼働し始めた脳は慌てて、否定しろと指令を出す。【わたわた】というオノマトペが付きそうな身振り手振りで全力で否定すれば、ばちっと視線がぶつかった。
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