君の音に近づきたい


オーディションに合格してから、本当に毎日必死だったな――。

校舎の廊下を歩きながら、窓の向こうの木々を見つめる。

少しずつ少しずつ、季節が移り替わろうとしているのが分かる。
太陽の陽射しが柔らかくなって、風が秋を連れて来る。

学生ホールを通り過ぎようとした時、どこの誰とも分からない会話が耳に飛び込ん出来た。

「――結局、二宮かよ」

その棘のある声に、思わず足を止める。

「こんなオーディション、出来レースだって分かってただろ。選ばれるのは二宮だって決まってるんだよ」

この足が勝手にその会話の元へと向かう。
二人の男子生徒の会話の先にあったのは、一枚のA4の紙だった。

”コンチェルト ソリストオーディション 合格者 3-A 二宮奏”

これって確か、高校と大学の合同オケのソリストを選ぶオーディションだ。
普通の生徒ではオーケストラと共演出来る機会なんてなかなかない。だから、人気のあるオーディションだと聞いている。協奏曲(コンチェルト)ができる絶好の機会――。

「――顔のいい奴はいいよな。実力なくても努力しなくても、CDデビューできるわ、オケとはやれるわで。コツコツ真面目にコンクール出て死にもの狂いで実績積んで、そんなことしてるのがバカバカしくなる」

努力しなくても――?
あなたが、二宮さんの何を知ってるっていうの――?

「仕方ねーだろ? 二宮はうちの学校の広告塔だし」

「じゃあ、他の生徒のことはどうでもいいって言うのかよ!」

声を荒げた生徒にもう一人が言う。

「――そんなカッカすんなって。あんなの、ただのアイドルだろ? まともな評価を受けるのを逃げてる、"ピアノが弾ける"イケメンアイドルだ。あいつ、絶対、難易度高い曲とか弾けないだろ。いつも弾くのは、スローテンポの甘ったるい曲だしな」

――俺は、あんたのそのクラスメイトが羨ましいな。
――正々堂々評価されたい。真剣に勝負したい。

二宮さんがどこか諦めたように、でも寂しそうにそう言ったのを思い出す。

違うのに。本当の二宮さんは、全然違うのに――!

「――そんなことないです」

「は……?」

この口が、勝手に言葉を発してしまっていた。頭じゃなく心から直接出てしまった言葉だ。

「知りもしないのに勝手に決めつけないでください」

「な、なんだよ。おまえ、誰だよ」

相手は多分、三年生。一年生の私がこんなことを言うなんて、生意気以外の何ものでもない。でも、言わずにはいられなかった。二宮さんの胸の葛藤を知ってしまっている。黙っていられるはずなんてなかった。

「どうせ、あいつのファンだろ? ”私の奏クン、バカにしないで~”ってか」

その言葉に、自分のしたことの浅はかさを知る。
女の私が二宮さんを庇うようなことを言ったら、それは全部逆効果になるのに――。

「と、とにかく。二宮さんの文化祭での連弾を見てから判断してください! 失礼します!」

一方的に捲し立て、逃げるように立ち去った。

ああ――っ! 私の、バカバカ!

あんな言葉、聞き流しておけばいいものを――っ!

「痛っ」

俯きながら大股で歩いていた。そうしたら何かにぶつかって、顔を上げる。

「……ったく、あんたは」

「に、二宮さん!」

立ちはだかる二宮さんに激突したのだ。
額を押さえながら、その顔を見上げた。

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