恋とカクテル
#12 デニッシュ・メアリー
「好きな人ができた」

 僕の顔を見ずに、君が言った。 

「そっか」

 まるで他人事のように返すのは、決して君に興味がないからではないのだけれど、果たして今の君にこの複雑な心境は伝わるのだろうか。

 最近、君の態度が前よりそっけなくなった。会えば必ずキスから始まる二人だったのに、少しずつ拒まれるようになった。だから、他に好きな男ができたのだろう、そう気づくのに時間はかからなかった。

 いっそ早く振ってくれれば良いのに、どうしてそれをしないのか不思議で仕方がなかった。
 君は軽く拒絶してきたかと思えば、別の日に会うとまるで何事もなかったかのように僕に甘えて、拒んだ事を忘れたようにキスをしてくる。不可解で、僕は少し不愉快だった。

 かと言って、まだまだ君のことが好きな僕から別れを切り出すなんてことは、絶対にしないけれど。と、こんな事を思っていたのはつい一昨日のことだ。いざ本人から事実を伝えられるとやはり心にぼっかり風穴を開けられたみたいな気分になる。

 例えば僕の束縛が強くて嫌だったと言うのなら、そんなつもりは無かったけれど、改善したいと思っている。

 例えば僕が結婚について消極的に見えていたのが気に食わなかったのなら、実はそれはここでプロポーズしたいと思っていた日があったのだけれど、今ここで愛を乞うことも厭わない。

 けれど君の心変わりに関しては、僕にできることなどないに等しい。僕がどれだけ君の心を取り戻そうと動いても、叶わない事ぐらいわかる。

 皮肉なことに、今日君から指定されたこの店は、僕たちが出会って惹かれあった場所でもある。あえて選んだのだとしたら、君は随分と残酷な女性になってしまったものだ。

 二言目を発しない君に視線をやるも、相変わらず俯いていて表情は読めない。僕が店員から受け取ったデニッシュ・メアリーを君の前に置くと、それを受け取ってようやと少しだけ顔をあげた。

「……どうして何も言わないの?」
「え?」
 突如発せられた君の声はとても小さくて、今にも泣き出しそうな声だった。

「聞きたいこととか言いたいこととか、あるんじゃないの?」

 僕は君の二言目を待っていたのだけれど、どうやら君も僕の言葉を待っていたらしい。やれやれ、と僕は小さく息を吐き、君の顔を見ずに言った。

「ないよ、何も」
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