またいつか君と、笑顔で会える日まで。
お腹が空けば冷蔵庫の中の麦茶を飲んで空腹を満たした。

当時、それがおかしいことだとは1ミリも思わなかった。

父はいないけれど、大好きな母はいる。あたしとの生活を守るために必死に仕事探しをしてくれている母に感謝までしていた。

あたしが部屋の中でお腹を空かせて夜遅くまで母を待っていたとき、母が男と楽しい時間を過ごしているなど想像もしていなかったから。

その日、珍しく母は早起きし洗面台の大きな鏡の前で鼻歌交じりに髪の毛を巻いていた。

香水の甘酸っぱい匂い。この匂いがあたしは大っ嫌いだ。

だって、この香水をつけるとき、母は数日間家に帰ってこない。

「お母さん、これ」

「――学童?それ、お金かかるよね?リリカ、家で待ってられるでしょ」

学校へ通い始めてすぐあたしは担任の先生からプリントを渡された。

それを母に差し出すと、母は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

4年生までの生徒で親が仕事などの都合で家に帰るのが遅い場合、学校に隣接する学童教室で子供を預かってくれるというものだ。

母はプリントをちらりと見て洗濯機の上に放り投げた。

「3年生の子で親が仕事してる子は学童に通ってるの。だから、あたしも行きたい」

放課後、一人で家にいるのは少し不安だった。それに母はいつも日付が変わる頃に家に帰ってくる。

子供ながらに学童に通えば、母が夜遅くなる前に仕事を切り上げて学校に迎えに来てくれるかもしれないという淡い期待もあった。

「無理よ。お金もかかるし。お迎えも学校まででしょ!?しかも、18時までに迎えにいかなきゃいけないなんてありえない」

「でも、お母さん帰り遅いし家に一人でいるのは不安なの」

「だったら、放課後、学童にいっていない子と遊んだらどう?家に遊びに行ったらいいじゃない」

「うん……」

「その子の家に18時までいて帰ってきて宿題やったりしてたらあっという間にお母さん帰ってくるから。ねっ、それでいいでしょ」

「うん……」

「あ、でも友達をうちには絶対に連れてこないでね。それだけは約束して。お母さん、他人の子が家に入ってくるのとか無理だから」

「……分かった」

「リリカは偉いわ。ちゃんとお母さんのいうこと聞けるのよね」

鏡越しに母が微笑む。
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