こんなにも愛しているのに〜すれ違う夫婦〜

衝撃

ラブホテルの前だった。
あまりの出来事に
俺たちは腕を組んだまま
セーラー服の女の子の怒髪天をつくとも言える
怒りの形相と罵詈雑言を前にして
呆然と立ち尽くすしかなかった。

俺は
俺はその女の子の父親だ。
いや
もう父親の位置から引き摺り下ろされているかもしれない。

「何してんのっ!!」

「。。。。。」

「なんとか言いなさいよっ!!」

俺は真っ青になっている
会社の部下
斉木(サイキ)の腕をそっと外して
背中を押し
この場を離れるように言葉にせずに
促した。

斉木はハッとしたように俺から離れると
その場を立ち去ろうとした。



「何逃がしてるのよっ!
待ちなさいよっ!」

娘は立ち去ろうとしている斉木の腕を掴んで
力一杯引き寄せた。

「知ってるんでしょう。この男が既婚者で、子供もいるって!
知っててこれから、このホテルに入っていかがわしいことを、しようと思ったの?
不倫だよね。
まさかあれ?
これっきりだとか、奥さんや子供さんがいてもいいからとか
訳のわからないセリフ言っちゃってここにいるのっ?
それとも、この男から妻とはもう離婚するからとか、君だけが好きだよとか
馬鹿な男のセリフでも言われた?」

中学3年生の娘の罵倒の言葉に、まだ幼い子供だと思っていた
自分の娘に対する認識不足を、思い知らされた。
それよりも、娘にこういうことを言わせ、泣かせている自分が情けなかった。
段々と、気持ちが冷静になっていくに従って、娘が父親としての
自分を切り捨てる瞬間を
血が凍るような気持ちで感じていた。

「なんとか言いなさいよっ!!」

「申し訳ありません。
ごめんなさい。
ごめんなさい。」

斉木も謝りながら、泣き出した。

「お母さんとは離婚してもらう。
私とも縁を切ってもらう。
離婚して、この人と結婚でも遊びでもなんでもして。
あんたには
既婚者ってわかっていて、こんなことをしているんだろうから、
慰謝料を請求させる。
あんたには、あんなにお父さんが好きで信じて、私のことも大事にしてくれている
お母さんにいろいろと償ってもらう。
絶対に離婚して、縁を切ってもらう。」

息を切らしながら
悲しみと怒りを身体中で表しながら
娘が叫ぶ。
通りすがりの他人の目もささやきも
眼中になかった。

「あんたも自分の父親のこういう姿を見たらどうする?
それともそういう父親がいる家の子?」

「ましろ!!」

もうこれ以上
人を非難して自分が傷ついてほしくなかった。
俺が
本当に悪かったから。

「何?
こんな中学生から言われて、この人が可哀想?
不倫相手が大事?
もし
私がこの人くらいの歳になって、妻子がある人と不倫関係になったら、
それを知ったらどうするの?
仕方ないなぁって、済ませる?」

「ぐっ!」

娘が放った言葉の衝撃が大きく、思わず息が詰まった。
そうだ
自分がしていることは
決して自分の娘の身の上に、降りかかってほしくない事だ。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

「私じゃなく
お母さんに謝って。
この瞬間、家に帰って食べないことが多いのに、必ずお父さんのご飯の仕度
したり、お父さんが寛げるように、心を配っているお母さんに
謝って。」

「。。。。」

娘、ましろの言葉に何度も打ちのめされた。
そうなんだ
妻はいつも俺のために心配りをしてくれている。
それなのに
俺は。。。

すべての幸せが
手の中から漏れて行っている。

「帰る。」

ましろは呟くと、
走り去っていった。
いかん
このままひとりで帰すことはできない。

「娘を追いかける。
すまん。
斉木、俺が一番悪い。」

「室長!
これで終わりですか?
私たちこれで終わるんですか?」

斉木が泣きながら取り縋る。

君は娘に謝っていたよな。

「わかっていたはずだ。
俺たちはこんなんじゃないって。」

「室長。。。」

「すまん。。。」


斉木を取り残して
ましろの後を追った。
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