人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!

キレ方は人それぞれです

(もういい。ラウルさんの知り合いだと思わないで、クレーマーだと思おう)

 そう決めた途端、私の腹は据わった。
 得意とまでは言わないが、コールセンターで働いていると、どうしてもクレームは受ける。初めてクレームを受けた時には、随分と落ち込んだものだ。
 ……そんな私に、先輩が教えてくれたのは。

「そう思わせてしまったのは、私が至らなかったからですね……申し訳ありません」
「……あ、ああ。解ればいいんだ」
「さようでございますか……ところで、あなたは私に、どんなことを望まれますか?」
「えっ……」

 否定はしないこと。けれど、何でもかんでも謝るのではなく、謝る時は何に対してかを伝えること。
 それから、お客様の要望をしっかり把握すること。出来る出来ないはともかく、だ。まず聞かないと、お客様もこちらの話に耳を貸してくれない。
 そして、何よりも。

「電話だといくら怒鳴られても、相手から殴られないからね!」

 真理である。
 そして今は直接、対面してはいるがラウルさんがいるので安心だ。

(聖女を辞めろ? それならむしろどんと来いだけど、修道院を出ていけは困るわね)

 くり返す。出来る出来ないはともかく、だ。ここ重要である。何でもかんでも叶えるつもりはない。
 とは言え、下手に急かすのも何なので私はアルスの回答を待った。
 そんな私と、同様に黙って見守っているラウルさんの前で、アルスが口を開く。

「……私は、次期教皇になりたい」
「ええ」
「それには、君が邪魔だ」
「さようでございますか……聖女という過分な称号を返上することは、むしろこちらからお願いしたいくらいです。ただ、どうか修道院にいることはお許し下さい。亡き母への祈りを捧げられるのは、修道院(ここ)しかないのです」

 しっかりアルスの言葉を受け止めてから、私はこちらの言い分を伝えた。
 すると、アルスが紫色の瞳を見張り――戸惑った表情を浮かべながら尋ねてきた。

「侯爵家の令嬢だと聞いている」
「母を亡くし、父には新しい家族がいます。私には、ここしか居場所がないのです」

 貴族だからと油断は出来ない。虐げられ系の小説だと、放置や冷遇は序の口。召使いにされてこき使われたり、ひどい時だとサンドバッグのように折檻される。それならしっかり働けば衣食住保証され、更に令嬢教育まで受けられる修道院の方が何倍も、何十倍も幸せだ。
 ……後半は声に出さなかったが、私の実感のこもった訴えに何か感じたらしい。しばしの沈黙の後、アルスが口を開いた。

「私は、教皇になりたい」
「ええ」
「……それは私を育ててくれたクロエ院長や、面倒を見てくれたラウルに恩返ししたかったからだ」
「はい」
「だが……いつからか、結果のみに固執していた。それで君のような子を排除しようとしたり、挙げ句の果てにラウルといがみ合っては元も子もない」
「ええ」

 口を挟むつもりはないが、聞いていて「知らんがな」としか思えなかった。あとは「家族でしっかり話し合ってくれ」だろうか。巻き込まれた感が半端ない。

(何かごめんね、イザベル)
(ううん。お兄さんも、反省しているなら良かったわ)

 現世の私(イザベル)が天使すぎる件について。
 脳内で癒されつつ、私があいづちのみに専念していると、アルスが何だか憑き物が落ちたような、妙にスッキリした表情で私を見た。

「……君は、すごいな」
「えっ?」
「悩みを人に話すことは軟弱だと思われ、相手に弱みを握らせることでもある。普通は自分で解決するべきだし、相談したなら相手の指示に最大限従わなくてはならない」
「……はぁ」
「それなのに君は、ただ真摯に私の悩みに耳を傾けて、逆に出来る限り私の要望に応えようとした。更に、私自身も気づいていなかった気持ちを引き出した……ありがとう。そして、怒鳴って申し訳なかった」
「とんでもないです」
「本当に、謙虚だな……私も君を見習って、これからはしっかり人の話を聞いて寄り添うことにしよう!」
「ええ……はい」

 悩み相談が出来ないとかこの世界、地味にしんどいな。と言うか、そうなると教会にも懺悔室とか無いんだろうか?
 あと、こっちの引き具合に気づいていない辺り、やはり人の話を聞いていないんじゃないかと私は思ったが――まあ、本人が納得しているようなので良しとしよう。

「ありがとう、聖女様」
「……えっ? ラウルさん?」
「それだけ君は、すごいことをしたんだ」

 突然の聖女呼びに、驚いた私の頭をラウルさんが優しく撫でる。
 安心させる為なんだろうけど、大きな手での優しい撫で方は絶妙で――私だけじゃなく、現世の私(イザベル)もほっこり和んだ。
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