ステレオタイプの恋じゃないけれど

 まぁそんなもの、叶うわけもなければ、そもそも悠真に届いてすらいない。

「これくらいかな。何か質問ある?」

 ろくえるでぃけぇ。ひらがなで言うとすごくバカっぽいけれど、俺がお世話になるところの間取りはそれだった。ちなみに、トイレと風呂はふたつずつある。が、彼女は普段からリビングか仕事部屋でしか生活していないらしく、トイレもお風呂もその二部屋に近い方しか使っていないらしい。

「あー……じゃあ、ふたつ」
「ん。何?」

 流れるように無駄な動きもなく靴を履いた悠真は「じゃあまた様子見にくっからな」と帰っていって、その背中を見送った彼女は俺に「敬語使わなくていいから」と微笑んだ。
 もちろん、それが作り物なのは瞬時に理解した。だてに主夫はやってきていない。表情や視線から心情を読み取るのはそこそこ得意な方だと思う。しかし雇い主がそう言っているのであれば、雇われる側の俺はそれに従うだけ。名前も【ナギサちゃん】と呼ぶことで決定した。

「ひとつめは、俺、明日役所で住所変更してぇからここの住所教えて欲しい」
「分かった。メモしてリビングのテーブルに置いておく。もうひとつは?」

 他人は連れ込まない。
 仕事部屋には絶対に入らない。
 雇用中は犯罪行為をしない。
 この三ヶ条と、どの部屋がどこか、ということを端的に、しかし分かりやすく説明してくれた彼女はまた、作り物のあれを浮かべた。

「……ナギサちゃんてさ、」
「うん?」
「悠真のこと、好きなン?」

 が、すぐにそれは剥がれた。
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