愛がなくても、生きていける



「井上さんといえば、お花の予約ってしました?」

「それがまだ。今も花屋見てきたんだけど、どんなのがいいか決められなかったんだよね」

「大切な同期のお祝いですもんね、迷っちゃいますよ」



笑って言う後輩に「まぁね」と小さく頷くと、私は自分のデスクへと着いた。



大切な同期のお祝い……か。

それだけだったら、どれほど幸せな気持ちで花を選べるだろう。

「はぁ」と小さなため息がひとつこぼれた、そのとき



「なーにため息ついてるんだよ、初音」



そう言われるとともに背後から頭を掴まれ、ぐしゃぐしゃと髪を乱された。

その低い声と子供のような行動から、それが誰かなんて簡単に予想がつく。



乱れた頭を抑えながら振り向くと、そこにはひとりの男の姿がある。

グレーのスラックスに細身のワイシャツが締まった体によく似合っている彼は、不機嫌そうにジロリと目を向けた私に笑ってみせた。



「ちょっと辰巳(たつみ)。髪ボサボサになったじゃない」

「もともと乱れてたしちょうどいいだろ、トイレ行って直してこいよ」

「乱れてない!こういうパーマなの!オシャレなの!!」



毎朝時間をかけてセットしている髪を乱されたうえに失礼な言い方をされ、私はキーッと声を荒らげた。

そんな私に、彼……辰巳はますますおかしそうにけらけらと笑う。


  
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