愛がなくても、生きていける



それから俺はまず里見さんの家へ行き、お腹の子の父親が自分であること、自分が責任をとるので結婚させてほしいことを彼女のご両親へ話した。

ご両親は驚いていたけれど、すぐ『おめでたいことだ』と受け入れてくれた。



そして自分の実家にも報告を入れ、入籍。

彼女と住む家を見つけ引っ越しをし、出産準備にそなえたり父親学級に行ったり……と慌ただしく日々を過ごした。

そしてその中で、ひとつの決心をした。





里見さん……もとい、あやめと気持ちを伝えあってから3ヶ月が経とうとしている頃。



「いらっしゃいませ」



南青山にある花屋『Iris』の店先には今日もマリーゴールドの花が並び、その隣には黒いエプロンを身につけた俺の姿があった。

そんな俺を、あやめは大きくなったお腹をさすりながら見て笑う。



「まさか、会社辞めてこのお店を継いでくれるとは思いませんでした。あの会社、結構な有名企業だったのに」

「これから子供も生まれるし、あやめひとりに店に立たせるわけにもいかないでしょ」



そう。俺は会社を辞め、あやめとともにこの店の跡を継ぐことにした。

これまでこの店を経営していたあやめのご両親は、妹さんが住む鎌倉で妹さん夫婦とともにガーデンカフェを始めたいと実は準備をすすめてきていたらしく、この機会にここを俺たちに引き渡したのだった。



最初あやめは『ひとりでやるから侑吏は好きな仕事をして』と言っていたけれど、出産も子育ても店も、とやるのは難しいだろう。

それならいっそ俺も会社を辞めて、ふたりで全部協力し合おうと決めたのだった。



「それに俺、あやめのお母さんからマリーゴールドの花言葉を聞いたとき、すごく嬉しかった。だから俺も、花を通して誰かの心を照らせるような花屋になる」



好きな人が、自分のために贈ってくれた。

言葉にできない想いをひっそりと、花ひとつに込めて。

それがとても嬉しかったから、この気持ちをもっと他の人にも広げていけるように。



「がんばりましょうね。……一緒に」



ささやくあやめが、そっと微笑む。その笑顔につられて、俺も笑って頷いた。



互いの左手薬指には、まだ真新しいプラチナの指輪が輝く。



いつかこの輝きがくすんでしまっても、何度だって照らして輝かせるよ。

俺はきみの、太陽になる。






end.
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