愛がなくても、生きていける



重森沙智(さち)、25歳。

書店で正社員として働く私の毎日は、家と職場の往復と、週に何度かの病院へのお見舞いで終わる。

仕事の傍ら、病で入院する母のお見舞いと、検査や手術、治療に付き添い見守る日々。

それだけで頭も心もいっぱいで、趣味を見つけたり自分を着飾ったりする余裕もない。



新宿を出て、やってきたのは南青山の街。

駅から一本通りを入ると、都会の喧騒から離れた住宅地に囲まれており、その空気にやっと呼吸がらくになった。



……静かな場所の方が落ち着く。

息を吐き出しながら少し歩くと、先には病院が見える。

街の一角にあるこの病院は、数年前に改装したばかりで真新しく綺麗な外装をしている。

先生も看護師さんも優しい、いい病院だ。



慣れた足取りで病院の中へ入り、8階へ向かう。

8階の一番手前にある6人部屋。その入り口に書かれた名前のひとつ『重森ゆうこ』の文字を見ながら、私はドアを開けた。



「お母さん、来たよ」



声をかけると、ベッドの上には横になる母がいる。

けれどその姿はひどく痩せ、体の至る所がチューブや点滴でつながれ、なんとも痛々しい。

それでも私を見ると母は



「さ、ち……よく、来たね」



掠れた声でそう言って、微笑んでくれる。

そんな母を見て、今日も生きてくれていることに安堵し私も微笑む。

するとそこへちょうど看護師さんがやってきた。



「あ、重森さん。ごめんなさいね、今先生の予定がちょっと押してて、もうちょっと時間がかかっちゃいそうなんだけど」

「わかりました。じゃあお母さん、私今のうちに買い物行ってきちゃうね」



病室のベッドの横のホワイトボードには、買い足しが必要なものを看護師さんが書いてくれている。

私はそれを確認して、一度病室をあとにした。


  
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