前の野原でつぐみが鳴いた
「一目ぼれしたっす!」
 都内にある焼き肉店の一室。対面に座る年長の男を、つぶらな瞳で見つめながら青年が言った。
 個室に肉の焼ける音だけがしている。
「焦げんで」
 関西弁で言って、久我山(クガヤマ)紫輝(シキ)と自分の取り皿に程よく焼けた肉を乗せた。
「いやいやいや、マジなんですって! マジマジ! ガチで!」
「冷めんで」
「あっハイ。肉はアザッスなんですけど! いやマジ、ガチなんですって!」
「わかったって」眉間にしわを寄せて面倒くさそうに言い放つと「相手だれ?」続きを促した。
「先輩が知らない人っす」
業界(こっち)の人ちゃうんか」
「フツーの人っす、たぶん。今日のお昼くらいに、道端でぶつかりそうになったんす」
「なんやそれ。名前も知らんの」
「ハイ!」
 とびきりの笑顔で頷く紫輝とは対照的に、久我山は網に生肉を並べながら苦笑した。
「そりゃビョーキやな」
「あーハイハイ。“恋の(やまい)”的なね?!」
「ちゃうわ。“フツーの恋がしたい(びょう)”。職業病やわ」焼けた肉を口に運びながら「最近仕事忙しいみたいやし、疲れてんにゃわ。ゆっくり風呂でも浸かり」付け足す。
「ちがいますって! 運命なんですって!」
「そんならそんでええけど……」肉を咀嚼しながら面倒くさそうに受け入れるが「もう二度と会われへんのと違う?」諭すように反論する。
「ちがうんすよ!」紫輝がぶんぶんと手を横に振りながら否定した。「オレ、そのときスマホ落としたみたいなんすよ! これってチャンスじゃないですか!」
「ピンチやろ」
「だから先輩、スマホ貸してください」
「なんでやねん。折り目正しいツッコミ入れてもたわ」
「先輩のスマホからオレのスマホにメッセ入れるんすよ。そしたらその子と連絡とって、直接返してもらえるじゃないですか」
「いや、そもそもその人が拾ったとも限らんし、返信くれるかもわからんし、もう警察届けられてるんちゃう?」
「やってみないとわからないじゃないですか。メッセだったらほら、オレ先輩のメッセ、通知切ってないんで」
「しらんけど……」
 期待に満ちた瞳で見つめる紫輝。
 久我山は観念したようにため息をつき、バッグの中からスマホを取り出してロックを解除した。
「ほら」
 差し出されたスマホを紫輝が満面の笑みで受け取って「あざます!」いそいそとメッセージアプリを立ち上げた。

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