イノセント ~意地悪御曹司と意固地な彼女の恋の行方~

迫る影

「いい加減乗って行けばいいだろう」
うんざりした表情で、遥が萌夏を見ている。

「いやよ。もし誰かに見られたらなんて言うのよ」

遥と萌夏の同居を知る人は会社にはほぼいない。
知られれば大騒ぎになるのは目に見えているし、萌夏だってそんな危険を冒すつもりはない。

「兄貴だって言えばいいんじゃないか?」
「それは・・・」

会社の飲み会を断るために兄と同居していると言っていることを遥は知っている。
それをからかっているんだろうけれど、笑えない。
上場企業である平石建設の、親会社であるHIRAISIの社長の息子であり、平石財閥の御曹司である遥の素性なんて誰もが知っている。
当然姉も妹もいないことは知れ渡っているし、萌夏が「実はお兄ちゃんなの」なんて言ったって誰も信じてはくれない。

「ごめん、先に行くから。食器は置いてあればいいからね」
「自分が食べたものくらい片づけるさ」
「ええー、いいよ」

萌夏だって遥の気持ちはうれしい。家事に協力的な男性は嫌いじゃない。
でも、

「お願いそのままにしておいて」

もうすぐ迎えに来る雪丸さんに見つかればまた嫌味を言われてしまう。
気にしなければいいと遥は言うけれど、上司として会社で顔を合わせる萌夏にとってはそう簡単にはいかない。

「本当にいいから」
「気にせずに、萌夏は行けばいいだろう」

食器を持ち洗い物を始めようとする遥に、萌夏は持っていたバックを椅子へとを置いた。
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