「…………きみ、ほんとずるい」

 眞鍋さんとは付き合ってないし、彼をそういった意味で好いてもいない。
 いない、けど、もう。

「優美」

 きみとの関係は、修復不可能だよ。
 そう告げようとした私の言葉をまた、遮るように私の名前を呼んだ彼は、ごそりとパーカーのサイドについているポケットをあさって、ベルベット生地に包まれた四角い箱を取り出した。

「……優美は、一度決めたことは絶対曲げねぇから、俺が何を言ったって、俺らは別れてて、やり直すのも、無理だって、言うんだろ」

 指先からぬくもりが離れて、ぱかりとベルベットが開かれる。細いシルバーリングの中央に、光る石が埋められているのを脳が理解している隙に、解放されたはずの左手をまた掴まれた。

「それはもう、認める。俺らは別れてるし、やり直せねぇって、認めるから、」

 見上げるように、向けられた視線。迷いなんて一切ないと言わんばかりの、真っ直ぐなそれに、ぐにゃりと視界が歪む。

「だから、俺と一緒に、イチから人生を歩んで欲しい」

 泣くな。泣くな泣くな泣くな。
 真剣な声色で吐き出されたその言葉を、屁理屈だと私は突っぱねなければならない。
 今さらだ。もう遅い。
 今だけだ。口では何とでも言える。
 わなわなと震える下唇を噛んで、そんな言葉に絆されたりなんてしないからと脳内を巡り続けているそれを吐き出すために口を開いた。

「沼津優美さん」
「……っ、ねぇ、」
「俺と、結婚してください」
「っ」

 だけど、ひくついた喉から這い出たのは、全く違う言葉だった。

「…………きみ、ほんとずるい」


 ー終ー
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