幸 –YUKI–

高校を卒業してから早1年。社会人となった私は、一人暮らしの部屋の中で起きているこの状況が理解できなかった。

「ねぇ、おねーさん聞いてる?」

腰に両手を添えて、まるで怒っているかのように頬を膨らませた少女はそう言った。

綺麗な白いワンピースを身に纏い、私の腰位の身長の少女は恐らく小学校低学年位の年齢なのだろうか。
そんな目の前に立つ少女の名前も知らなければ、顔だって知らない。
このアパートの近くにこんな子が居たのかどうかも分からないが、とりあえず言いたい事は1つ。

「どうやって入ったの?」

鍵はかけたはずだ。
鍵をかけた後は、必ずかかっているかを確認して家を出ている。今日だってそれをきちんとやって会社に行った。だから玄関の扉から入ることは不可能なはず。
では窓が開いていたのか。
チラッと窓の方に目を向ければ、窓の鍵はきちんとかかっていた。
例え鍵がかかっていなかったとしても、窓から入って少女がまた窓の鍵をかけるとは考えにくくて、その考えは払拭されていった。

なら、一体どうやって?

私の質問に一切答えようとしない少女は、眉を寄せて私を見上げると、深いため息を吐いてこちらの方に歩み寄ってきた。

「おねーさん。わたしがどうやって入ったかなんてどうでもいいんだよ。それよりも考えなきゃいけないことは沢山ある。とりあえず、おねーさんは過去に戻るの?戻らないの?」

家に帰ってきてすぐにしてきた質問をもう一度口にすると、少女は得意気な笑みを浮かべた。

「いや、どうでもよくない…。お父さんとお母さんは?こんな夜遅くに出歩いてたら心配するよ?」

少女と目線を合わせるようにしてしゃがみ、できるだけ優しい声音でそう問いただした。
しかし、少女はまた同じ質問を繰り返す。

「過去に戻るの?戻らないの?わたしならおねーさんの願い叶えてあげられるよ?」

なんのアニメに、漫画に影響されているのか。
知らない人に対しての接し方を親はもうちょっときちんと教育すべきだと思う。
こんなんでは誘拐されかねない。

そんなことを思いながら深いため息をつけば、少女は急にあ!と声を上げた。

「おねーさん、信じてないでしょ!わたし出来るんだからね!嘘じゃないよ!」

「うーん…そっか…。」

曖昧に返事を返しながら、これからどうしようかと考える。

時計に目をやれば、時刻は夜の8時半を指している。

この様子では自分の家も、お父さんとお母さんのことも教えて貰えないだろう。
最悪警察に電話をするか。いや、もうその道しか無いような気がした。
こんな小さな子が夜に出歩いていたら、親だって心配するだろう。
もうすでに警察には連絡がいっているかもしれない。

早めに連絡した方がいいか。

立ち上がって、ポケットからスマホを取りだそうとしたところで、少女は駄目!とまた声を上げて私の服を掴んできた。

「ほんとに!おねーさん信じて!」

そう強く訴えかけてくる少女に、スマホ画面をタッチしようとした手が止まる。

「わたしなら過去に戻せる!」

少しだけ、遊んであげた方が良いか。
尚も同じことを繰り返す少女にそんな気持ちが生まれて、スマホをポケットへと戻す。

頃合いを見て電話をしよう。

「じゃあ…お願いしても良いかな…?」

またしゃがみこんで少女にそう呟けば、少女は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「やった!契約成立!」

両手を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねる少女に安堵のため息をこぼして、可愛いなと思う。

「じゃあ!今からおねーさんを過去に送ります!」

右手を上に掲げて、少女は嬉しそうにそう言った。
掲げた右手をぼんやりと見つめていれば、その右手から光が放ち始めて目を見開く。

「え…」

「よし!じゃあ行くよ!」

「は…?え…?」

その瞬間、少女は私の方へと手をかざした。
強い光に思わず目を瞑れば、あたたかい何かに包まれる感覚がした。

なに…これは…?

考えようとしても、強い眠気に襲われた私の思考は停止された。そしてそのまま意識を手離したのだった。



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