幸 –YUKI–
同じ日、同じ時間に、彼女はあの公園にいた。
俺があの日項垂れていたベンチとは少し離れたベンチに、彼女は座って本を読んでいた。

もしかして、あの時ずっといたのか。
それで俺がフラフラだったから声を掛けてくれたのか。

彼女の優しさを思い出して、また胸が高鳴った。

声を掛けようと歩みを進めたところで、俺はふとまた立ち止まった。

お礼を言おうと思った。
けれど、俺は過去に戻っている。
俺の記憶の中にその出来事があっても、彼女にその記憶はない。

そうなると、どう声を掛けて良いかが分からなかった。
ここまで来たんだ。
なんとか仲良くなりたいと思ったものの、どうしようかと頭を抱える。

どうしよう。そう思いながら彼女を見つめていれば、不意に本を読んでいた彼女が顔を上げた。

「っ…。」

ばちっと視線が交わる。
けれど、すぐにその視線は反らされて、胸がズキッと密かに痛む。

本に視線を戻した彼女とやっぱり話がしたくて、俺はそちらに歩みを進めた。
すると、それに気がついた彼女が顔を上げ、驚いた顔でこちらを見つめていた。

彼女の前で立ち止まる。
目を見開いたままでいる彼女に、こんにちはと呟く。

「え、あ…こんにちは…。」

戸惑いながらも、彼女は小さな声で挨拶を返してくれた。

「あの…と、隣良いですか…?」

何を言っているんだと自分でもそう思った。
この公園には彼女以外は誰もいなくて、空いているベンチは沢山ある。
それなのにわざわざ隣に来るのは変な人だと思われてしまう。
そんなことを考えていたが、ふとどうぞと言う声が聞こえて顔を上げる。視線を向ければ、彼女は荷物をどけて少し横に座り直していた。

「え、あ、ありがとう…ございます…。」

まさか隣に座れるなんて思ってもいなくて、少し上ずった声が出る。
静かに腰掛けて、チラッと彼女の方を見れば、彼女は本に一度目を向けたが、すぐにこちらに視線を向けた。

「あ…すみません…。本の邪魔して…。」

「あ、いえ…。」

小さく呟いて俯く彼女に、俺の鼓動は加速していく。何かを話さなければと思考を必死に巡らせて、そっと口を開いた。

「あ…の…俺、この町あんまり知らなくて…。この辺って何があるんですか…?」

俺の言葉に、ゆっくりと彼女が顔を上げた。

「…そう…ですね…。この辺は図書館くらいです…かね…?あとは、コンビニとかカフェとか…。バスでちょっと行けばスーパーだとかお洋服屋さんとか食べ物屋さんとか色々ありますけど…。」

そう言って小さく微笑む彼女に、胸が高鳴る。

「そうなんですか…。あ、俺…今母親の実家に遊びに来てて…。だから、あんまり分からなくて…。」

「そうなんですか…。なんか、良いですよね。知らないところに行くのって、新鮮で…。」

「確かに…。今まであんまり外に出てなかったんですけど、こうして出ると、色々行きたいなって思いました。あ…の…俺、西川陸って言います…。中2…です…。な、名前聞いても大丈夫ですか…?」

さらっと本題にいけたことに内心でガッツポーズをしたが、教えてもらえるかどうかで不安にかられていく。
けれどすぐに、大丈夫ですよという控えめな声が聞こえて、笑みが溢れそうになるのを必死に堪えながらありがとうございますと口にした。

「えと…沢村です…。沢村…幸乃…。私も、中学2年です…。」

控えめに微笑む彼女に、胸が熱くなる。

「え!そうなんだ…。じゃあ…敬語はなしで…。よろしく、沢村…。」

「うん…。よろしくね、西川くん。」

そう言って笑った沢村に、俺はまた胸を高鳴らせながら笑った。

それから、彼女がよくここの公園にいるということを知った。

「あ…の…、俺も、ここに来ていい?」

もっと話がしたい。
もっと笑顔が見たい。

そう思って呟いた俺の言葉に、彼女はまた控えめな優しい笑顔を見せながら頷いてくれた。


俺が母の実家に居られるのはあと1週間ちょっと。
家族で出掛けるという予定もあったが、それ以外の日は必ずここに来て彼女と話をした。

図書館に行き、彼女の本探しに付き合った時もあれば、近所にある喫茶店に行った時もあった。物静かな雰囲気とは似つかわしくないマスターに2人で面食らいながらも、美味しいご飯にコーヒーと、どこか居心地のいい店内に癒されて、最後には飴玉をくれた。
“幸せの飴玉”
少しでもここに居てくれた時間が幸せであってほしいと、そう言って笑ったマスターに2人で顔を見合わせて笑った。

彼女と会う度に、思い出が増える度に想いは大きくなっていく。

ここにいられるのも残り2日。
彼女への好きがさらに強くなっていることに気が付いて、けれどこの想いを伝えるにはまだ勇気が出なかった。

葛藤している俺に、母が明日隣町で夏祭りがあることを教えてくれた。

「空を連れていってあげて。多分行きたがるから。」

母の言葉に、俺は首を振った。

「あ…い、行きたい人がいるんだ…。」

小さな声でそう呟けば、母は何かを察したのか、優しく笑って分かったと口にした。

夏祭りのお知らせが書かれたチラシをポケットにしまって、出掛けてくると言って家を出た。

公園に行けば、彼女は既にベンチに座って本を読んでいた。その姿に笑みを溢しながら近づく。

「こんにちは。」

「あ…こんにちは…。」

俺の存在に気が付くと、彼女は控えめに微笑んで本を閉じた。

「あ、この間のチョコ、コンビニで買った。家族にあげたら、みんな喜んでたよ。」

隣に腰掛けながら、そう口にする。

この間、お気に入りだと言ってくれたチョコを食べて、俺も気に入った。
ブラックとミルクチョコレートが2層になっていて、その中にキャラメルソースが入っているチョコ。
味は本当に美味しかった。
けれど何よりも、彼女が気に入っているというものを、自分のお気に入りにしたいという想いの方が強かったように思う。

「俺もお気に入りになった。」

そう言って笑えば、彼女は良かったと言って笑った。

そんな彼女に、先程ポケットにしまいこんだチラシを取り出して差し出す。
それを開いた彼女は首を傾げると、俺の方へ視線を向けた。
そんな姿にも可愛いなと思いながら、一緒に行かない?と口にする。

「お祭り…。」

「あ、無理なら…全然…。ただその…俺明後日の朝には帰るから…その…最後の思い出って言うか…。」

そこまで言って彼女の方をチラッと見れば、彼女はどこか切な気にチラシを見つめていた。
その姿に胸が痛くなって、どうしたの?と顔を覗く。

「え!あ…さ、最後か…って思ったら…悲しくなっちゃって…。ごめんなさい…。」

眉を潜めて笑う彼女に、不覚にも胸が高鳴った。

寂しいと、そう思ってくれているのか。
その事実が嬉しくて、思わず笑みをこぼす。

「あの…ごめん。最後ではない…。来年も来る。今年最後…みたいにはなるけど…。」

そう口にすれば、彼女はすぐに嬉しそうに笑った。

その顔に、勘違いしてしまいそうになる。

「そっか…。あ!お祭り行きたいな…。私、小さい頃に行ったくらいで、あんまり行ったことなくて…。」

「あ、ありがとう!俺もあんまりないから…楽しみ…。」

「そうなんだ…。私も、楽しみにしてる…。」

そう言って笑う彼女に、もう何度目かも分からない胸の高鳴りが襲ってくる。

明日、告白をしよう。

会って間もない俺の告白を受け入れてくれるかは分からない。
それでもこの想いを抑えることは出来なくて。
笑みを浮かべる彼女に、俺はそう決心をした。


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