冬に花弁。彷徨う杜で君を見つけたら。

キコはそのマジナイはしない

大手前本店 普通科出身
元ギョウニンの女、キコ。

これでだいたい税に関する
仕事をしている人間なら
キコの前職に、当たりをつける。

そして今、キコは
紀州の山の中にいた。

前職を辞めて、本店OBの事務所に
声をかけられて転職した。
只今 キコは、
不動産鑑定士の実地研修中。

「と、いって。」

ギョウニン時代も 山ん中を
散々歩いた時があったが、

「どんだけ、歩くんやろか。」

夏場なら、いかにも古道の風情
な、場所も 今は冬。
寒々しい枝ばかりの木々が
続く林道。

迷った?そんなわけあらへん。
番地1つで、どこでも
走ったウチが?

今どき 衛星ナビで、どないでも
なる便利な電話を駆使して、
山の中の調査だってこなした。

「あー。暮れる前に、県道
もどらんと、やっかいやわ。」

何がダメだったかと言えば、
この巡礼古道が張り巡らされる
地域だった事だろうか?と、
キコは 冬枯れの山を見回す。

「ほんま、ゴルフ場に売買に、
相続で、広大地かとか、」

ややこいわ。

差し押さえ不動産としての、
ゴルフ場の調査と、
相続が発生した敷地と山の調査。

広大地評価という、
節税に使ってきた概念が
改正されて、
『地積規模の大きな宅地』評価に
移行してからの
掘り返し申請とかの土地が諸々。
ちょうど どちらも
近くて、林道を使うと
近道だったのが、運のつき。

ほんまに、ややこい。
ギョウニンの方がおうてたかも。

キコは、冬苔むす山道を
パンツスーツにスニーカーで
歩く。

「ソロバン出来るからって、
全然、体力仕事やん。
関係あらへんわ、どこもほんま」

もとソロバン全国大会高校の部で
優勝してきたキコ。

数字には強いし、カンが働く。
これを生かせて、高卒で試験を
受けれる前職を選んだキコ。
なのに!

「どこに行っても、
トイレの心配せなあかんて!」

冬の山は 日が当たらないと、
格別冷え込む。

さっきまでは古道を縦走する
人影もあったはずなのに、
キコの心細さが徐々に高まる。

「何か、なんやけったいな
空気がある。はよ、道でな。」

これまで、散々山を仕事で歩いた
キコのカンが警鐘を鳴らす。

「わ!!」

『オゥゥーーーーーん』

枝林の山に、遠く 鐘の音が
聞こえた、気がした。

「トイレ行きとーなるから、
あんまし飲みたくないん
やけど、ここは、飲んどくか。」

キコは、リュックにもなる
黒の鞄から、ペットボトルと、
残していたコンビニオニギリを
取り出して一気に飲み食いする。

鐘の音がするなら、
山寺が近いはず。とにかく上
上がって、車呼ぼう。
もしくは、誰か乗せてもらうか。

うまくいけば、古道の宿坊だったりするかもしれない。

そう読んで、
キコは 林道を歩く足に
力を入れた。

もしかしなくても、いつの間にか
紀州でも有名な、
黄泉の国の入り口に来たかもと、
キコの頭に 浮かぶ。

昔女人禁制だった
高野山に代わって、
女人高野と呼ばれた山まで
知らず知らず古道を歩いていた
キコ。

そうなら、『死出の山路』と
呼ばれる道が近い。
歩るけば、亡くなった知人に
会う道は、伝説というより
山の中で 迷い歩く疲れで見る
幻覚ではと研究者はいう。

「それでも行き倒れ多発地帯や」

キコは、山の中では
独り言が多くなる。

不思議なモノで、
キコの前職管轄地域の山には、
『ダル』
という妖怪が出ると
山師には、よく言われた。

「お腹すいたら取りつかれる」

だからこの当たりでも、
山では、ごはん粒を1粒でも
持っておくようにするのだ。

「ない時は手ぇに米って書くだ?
笑わせるんなあ。ほんま、」

字を食べる真似をすると、
ダルは逃げる。

「わたしらの 『コメ』なんざ、
ダルより、よっぽど 、、゛」

怖いわ。

死んでも、『コメ』なんか、
書かへんわ。

キコの前に、アスファルトの
道路が 漸く見えてきた。
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