君に伝えたかったこと

消えた距離

「この上の階がそうだと思うよ」

やってきたのはレディース専門のゴルフショップだった。
長年、雑誌業界にいる芳樹は、ほんとうに色々なお店を知っていた。

それが美貴恵からすると、本当に驚きであり新鮮だった。

(この人は私の知らない世界をたくさん教えてくれる・・・)

テナントビルの3階にあるそのショップ。
一回にはコーヒーショップがあり、その脇のエスカレーターで上っていく。

「美貴恵さんに似合うウェアがあるといいね」

そう言うと芳樹は美貴恵よりも一段高い場所にスッと移動した。

そして美貴恵の首筋に手を回す。

その手に気がつき、自分よりも少し上に立っている芳樹を見るように少し顔を上にあげる。

一瞬の出来事。

他の誰も気がつかない時間の中で、ほんの一瞬だけ唇が重なる。

確かにこのとき二人の間に距離は存在しなかった。

エスカレーターは、その時間を止めることなく二人を上の階まで運んでしまう。
しかし芳樹の手は数秒前よりも強く、そして暖かく…。

初めてのプレゼントを買い終えた二人は、次の目的地へに向かっていた。

「さっきのスイーツ美味しくてびっくりしちゃった!! こんな味の食べ物が世の中にあるんだって」

「よかった、美貴恵さんが喜んでくれて」

(本当に素直な人なんだな・・・)


「でも夕ご飯は別腹だよ!お店に着いたらいっぱい食べてもいい?」

「どうぞどうぞ」

美貴恵の左手にはさっき買って貰ったプレゼントの袋。

そして右手はしっかりと芳樹の手を握っている。



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