冷徹ドクターに捨てられたはずが、赤ちゃんごと溺愛抱擁されています
 三年前にこっぴどく振られた。アメリカに行っている間一度も連絡をくれなかった。そんな瑠衣に今も俺は目を奪われて、しばし見とれた。

 そしてやっと出た言葉が『久しぶりだな、瑠衣』だけだった。

 そして息子との初対面。電動自転車の後ろの座席におとなしく乗っていたのは実家のアルバムに貼ってある小さな頃の俺の写真とそっくりの男の子だった。

 瑠衣もそれをわかっているのだろう。最初こそは隠そうとしていたけれど、すぐに俺の子だと認めた。

 それからファミレスにいる間も、悠翔から目が離せなかった。大きな口でスパゲッティをほおばる姿、眠くなって船を漕ぐ姿。うかがうようにこちらを見て、そしてニコッと笑う。

 どのシーンをとっても感慨深い。かわいいなんて言葉で言い表せない。

 これが他人の子と自分の子の違いなのか。今日はじめて会ったばかりだというのに、こんな風に目の前の悠翔を愛おしいと感じるのは、息子の存在を知ってからもう会いたくて会いたくて仕方なかったからだろう。

 ふたりがいる部屋をじっと下から眺める。

 今頃ふたりはなにをしているんだろうか。悠翔はあのまま眠ってしまったのだろうか。

 瑠衣。

 お前はなにを思って悠翔をひとりで産んだ?

 俺にひと言の相談もなく、憎まれ口をたたいて別れたあの日。いったいどんな気持ちだった?
 ひとりでの出産は心細くなかったか?

 なぁ、瑠衣。

 つらいときにどうして俺を頼ってくれなかったんだ? 俺はそんなに頼りなかったか?

 聞きたいことが次々にわいて出てくる。

 でもそれは全部俺のせいだよな。

 ふたりの関係をはっきりさせておくべきだった。いつもなら気が付く瑠衣の強がりに冷静になれずに見逃してしまった。あのときの俺はアメリカ行きのことで頭がいっぱいだった。当然瑠衣もついてきてくれるとそう思っていた。

 完全に俺のひとりよがりだった。

 彼女の不安に気付けず、そしてひとりにした。

 今日再会して思った。

 やっぱり瑠衣しかいない。

 彼女が目の前に現れた瞬間やっぱり『欲しい』と思ってしまった。この三年間他の誰にも抱くことのなかった感情。

 それは悠翔がどうとかという問題じゃない。心と体が瑠衣を欲しているんだ。

 そりゃそうか。俺の子をひとりで産んで育ててくれるようないい女、瑠衣ぐらいしかいない。
 彼女がどれだけ拒否しようとも、もう一度……俺を好きにさせてみせる。そして悠翔と三人で家族になる。

「おやすみ」

 聞こえるはずもないのに、ふたりに声をかけてから俺は家路についた。
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