私があなたを殺してあげる
 上着を返すことが目的の一つ。そしてもう一つの目的、ちゃんと謝ること。

「ちょっと座りませんか? 今、休憩時間なんで」

「う、うん・・・」

 私がベンチに腰掛けると、浅尾くんは、「冷えるんで」と、上着を掛けてくれた。


 なんで? まだ私にやさしくしてくれるの?


「昨日はすいません、急に帰ってしまって」

 すると突然、浅尾くんの方から謝って来た。

「いや、浅尾くんが謝ることじゃない、悪いのは私。浅尾くんのやさしさに頼って、後悔する自分を慰めようとしたんだ。自分勝手なことにあなたを巻き込んで、本当にごめんなさい!」

「楠田さん・・・」

「本当に私は最低だ、最低な人間だ。軽蔑されて当然だ」

 私は顔を伏せながら、泣き出してしまった。この場で泣くのは卑怯だ。けど、情けない自分に涙を堪えきれなかった。


「俺は別に軽蔑なんてしてませんよ。それに最低なんて思わない」

「えっ?」

 浅尾くんの言葉が以外で、私はつい泣き顔のまま浅尾くんを見上げた。


「俺は昨日の楠田さんが本当の楠田さんとは思っていません。人間、いつだって自分を見失うことがある、だから思ってもないことを言ったり、ダメだと思っていることをしてしまうことがある。それほど今の自分を見失ってしまうほどのことが起きたからだ。だったらそれは本当の楠田さんじゃない。だから俺は昨日の楠田さんを軽蔑したりしません」

「浅尾くん・・・」

「もし、自分がした行動で、すべてを失ってしまったと思ってるのなら、それは間違いです。今までのあなたのやさしさや、一生懸命生きて来たことは何も変わりません。だってそこには確かにあなたが築き上げて来たモノがあるから。こんなことで楠田さんの印象は変わりませんよ」


 なんて子なの・・・ 
 私の後悔を、不安を、一気に吹き飛ばしてしまった。


 私はもう涙を止めることができず、その場で思いきり泣いてしまった。

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