逆行令嬢は元婚約者の素顔を知る
 カラカラと車輪が回る音と、不規則に揺れる振動の中で、エステリーゼは目を開いた。

「お嬢様、お目覚めですか?」
「……マリア?」
「はい。よくお眠りでしたね。ヴァージル邸には、もうすぐ着きますよ」
「…………え?」

 横にマリアが座っているのは、さっきまでの記憶と同じだ。
 しかし、決定的に違うのは目の前の男の存在だった。

「エステル。ヴァージル公爵は気さくな方だ。緊張せずともよいぞ」

 自分を愛称で呼ぶのは家族ぐらいだ。
 エステリーゼと同じ深緑の髪に、水色の瞳。垂れた目元は優しい光を宿し、うたた寝から起きた愛娘を仕方がないというように見つめた。
 
(……え? どういうこと?)

 混乱した頭の中で、自分の手を顔の前にかざす。
 そこには記憶にあるものよりも、一回りも小さい手があった。ぷにぷにの小さすぎる手。まるで、婚約した日に戻ったかのような――。

「お嬢様? どうかされましたか?」

 頻繁に手を裏返しているエステリーゼに、マリアが不思議そうに尋ねる。
 振り向けば、栗毛の髪に茶色の瞳の、よく見知った姿があった。けれど、その顔は記憶にあるものより、いくぶん若い。視線を前に戻すと、娘の反応を訝しんだ父親が首を傾げてこちらを見ている。

(お父様も若い……つまり、これって時間が巻き戻っている? 本当に?)

 エステリーゼは檸檬色の瞳を見開き、おそるおそる口を開けた。

「あの、お父様。……わたくしに、婚約者なんておりませんよね?」
「なんだ。お前も話を聞いていたのか。お前の婚約者は今日紹介する予定だ。楽しみにしておくがいい」
「…………」
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