双生モラトリアム


樹が仕事に出た後、マンションから脱出するために、家の中をあちこち調べ回った。もちろん、頭のいい樹が隙を見せるはずはないけど……。それでも諦めるな、と自分を奮い立たせて必死になった。
閉じ込められてかなり経つし、毎日毎日乱暴に抱かれる上に食欲もなくほとんどものが食べられない。最近は消耗しきって歩くことさえ困難で、壁づたいにふらつきながらなんとか移動していた。



そして、意外なものをベッド下に見つけた。

「……あ……」

それは、スマホ。かなり奥まった場所にあり、暗い中ではほんやりとしか見えない。必死に手を伸ばしても届かなくて、掃除道具を使って何とか掃き出せた。

「……これ……」

見覚えのある、ブルーのスマホ。確か、立花先生が(無理矢理)貸してくれたものだ。

なぜ、ここに?と一瞬だけ疑問が頭を過ったものの、今は“ここから出たい”という思いで一杯で。何の躊躇いもなくスマホの電源ボタンを押していた。

(お願い……電源入って!)

祈るような気持ちで待っている時間が実際にはほんのわずかな間でも、焦れている私にはとてつもなく長く感じる。

数秒後、メーカーロゴが出て無事に起動し待受画面になった時。飛びつくようにしてスマホに触れた。

(確か……アドレス帳に……立花先生の番号が……)

受話器のアイコンから電話番号を呼び出そうと、あちこち弄ってみた。でも、履歴もアドレス帳も真っ白で何のデーターもない。

(え……で、でも確か……先生の番号は……)

必死に、立花先生の電話番号を思い出そうとした。よく考えれば彼に助けを求めるなんて、ただの他人の私ができるわけないのに……極限状態で頭に浮かんだひとが、彼しか居なかった。

警察は厄介だから論外。家族は……舞は、当然NG。お母さんにも連絡は考え付かなかった。
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