双生モラトリアム


立花先生が、私の幼年期のあだ名を知ってた……。

どういうことだろう?
それに産婦人科で初めて会った時も私の名前を呼んだし、アパートで看病してくれた時も私の好物やお母さんのことも知ってた。

“まさか……”と思う。

「立花先生が……いっくん……なの?」

お医者さんになって、兄の病気を治すと言ってたいっくん。私を迎えに来ると……約束をした。

(いいえ……!いくらなんでも都合が良すぎる妄想だ。立花先生が優しいから、そうあって欲しいと勝手に決めつけようとしてる……そんな都合のいい現実、あるはずがないのに)

確かに、立花先生は初めて会った時から優しかった。それに甘えていたい……と。その暖かさに寄りかかっていられたら、なんて考えてしまったのは一度や二度じゃない。
この優しい人なら、不出来な私を受け入れてくれる……なんて。身勝手な希望すら抱いて……。
醜い打算が頭を占めてしまう。

(ダメだよ……こんな……樹に散々弄ばれた私が……あんな優しい人を騙すようになんて、許されない!)

それに、仮に立花先生が幼なじみの“いっくん”だとしても、元々は赤の他人だ。懐かしい思い出を共有しただけの……。口約束だって20年近く経ってるし、今さら時効だ。別れが惜しくて感傷的になり、幼さゆえに勢いでしたに過ぎない。

(大丈夫……私が触れなければ立花先生もきっとなにも言わない……それに、私もこれ以上彼にお世話になるわけにはいかないよ)

もともと、風邪の時からお世話になりっぱなしだ。医療費は心配要らないと言われたけど、他人の私が彼に負担になるわけにはいかないよ。

「明日……退院させてもらおう……アパートに戻って……働かなきゃ……」

クビを覚悟してるけど、土下座でもなんでもしてスーパーに戻らなくては。お金が足りないならバイトも兼業して……立花先生に返そう。
ついでに、アパートを出ていく資金も貯められるように頑張らないと。

私は……ひとりで生きるんだから。

< 56 / 88 >

この作品をシェア

pagetop