アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
 その日の授業が終わり、帰り支度をしていたクシャースラの耳に不穏な会話が聞こえてきたのだった。

「ラナンキュラスの奴、生意気だな」
「『平民代表』として絞めるか」

 自称・平民代表を名乗るその同期は、同じ平民出身の中でも特に貴族出身者を憎んでいた。
 裕福なだけで貴族出身ばかり優遇されるのが気に入らないらしい。
 最近ではその思想も過激になっており、貴族出身者の中でも弱い立場の同期ばかりを呼び出しては、殴り合いの喧嘩をしていたのだった。
 殴られた貴族出身者も学校や実家に訴えているらしいが、学生同士の喧嘩だからと注意だけで終わるらしい。

 クシャースラに気づく様子もなく会話を続ける同期に近くと、「おい!」と声を掛ける。

「喧嘩も大概にしろ。ラナンキュラスが何をしたんだ」
「アイツも貴族出身だろう。気取っていて、生意気で、いつも俺たちを馬鹿にしている」

「あれは馬鹿にしているというより、おれたちに興味が無いだけなんじゃ……」と言いかけて、クシャースラは口を噤む。

「貴族出身だからと言って、いちいち喧嘩を売るんじゃない。退学したいのか?」
「へいへい。代表は煩いね」

 入学式で総代を務めたクシャースラは、その後、教官からの指名で同期生の代表を務めていた。
 主に教官の雑用や、同期生同士の揉め事の仲裁が主だった。それもあって、クシャースラは身分問わず同期内では、一目置かれた存在となっていたのだった。

「とにかく、馬鹿な真似は止めるんだ。早く寮に帰れ」
 そうして、その場を離れたクシャースラは、教官に頼まれていた雑用を片付けに行った。

 それが終わって校舎を出たところで、「大変だ!」と平民出身の同期生が駆け寄って来たのだった。

「オウェングス! ここに居たのか!?」
「何があった? そんなに慌てて……」
「アイツらがラナンキュラスを倉庫裏に呼び出したんだ!」
「何!?」
「ラナンキュラスもそれに応じて、殴り合いになって……」

 皆まで聞く前に身体が動いていた。
 持っていた教材が入ったカバンを同期生に押し付けると、倉庫裏に駆け出していたのだった。

 倉庫近くまで来ると、倉庫の裏側から平民代表を名乗る同期と、その取り巻きの数人が逃げるようにやってきた。

「おい! お前たち!」
 鼻から血を流し、傷だらけになっている同期の肩を掴むと、「いてぇ!」と叫ばれる。

「ラナンキュラスはどうした?」
「まだあそこにいるよ……喧嘩が強いなんて聞いてないぞ!」
 クシャースラの手を振り解くと、そのまま去って行った。

「全く……!」
 クシャースラは大きく溜め息を吐くと、倉庫裏へと向かう。

 倉庫裏に行くと茶や赤の落葉の上に、仰向けになっている少年がいた。
 クシャースラは近くが、少年は気づいているのかいないのか、ただ呆然と空を眺めていたのだった。

「無事か? ラナンキュラス」
 仰向けになっている少年の顔を覗き込みながら、クシャースラは声を掛ける。
「……君にはこれが、無事に見えるのか?」
 オルキデアの綺麗な顔には、赤い腫れや切り傷による血の跡が残っていたのだった。

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